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大阪府枚方市 交野天神社
Katanotenjinja, Hirakata city, Osaka

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枚方市楠葉丘2-19-1 交野天神社本殿 重文 近世以前/神社 室町中期 応永9(1402) 一間社流造、檜皮葺 棟札2枚 19170405
枚方市楠葉丘2-19-1 交野天神社末社八幡神社本殿 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 一間社流造、檜皮葺 19170405
December 23,2015 大野木康夫 source movie

所在地 大阪府枚方市楠葉丘2-19-1

交野天神社(かたのてんじんじゃ、かたのあまつかみのやしろ)は、枚方市北部、京都府八幡市との境界に近い樟葉地区に鎮座しています。
付近は、継体天皇の樟葉宮跡とも言われています。

参道

   

本殿と末社八幡神社本殿はともに重要文化財です。

        

本殿(重要文化財)

応永9(1402)の建築
一間社流造、檜皮葺

                    

末社八幡神社本殿(重要文化財)

室町中期の建築
一間社流造、檜皮葺

         



Mar.2011 酒井英樹

撮影:2009年7月

交野天神社(古来より『かたのあまつのかみのやしろ』と呼ばれ、現在は通称『かたのてんじゃ』)は、縁起によると延暦6年(787)に長岡京造営に際し、桓武天皇が交野ヶ原に昊天(天津神)を祭った時、桓武天皇の父光仁天皇を配祀したのが起源とされる。
境内は、男山(石清水八幡宮)丘陵を背にして継体天皇の樟葉宮伝承地にあって、深い社叢にかこまれている。

 
瑞垣内
向かって左:本殿
向かって右:摂社八幡神社本殿
 

<本殿>
本殿は切石積の基壇に建つ、1間社流造である。応永9年(1402)2月上棟の棟札が残っている。
建立当時一般化していた様式の宋様式(大仏様)は控えめに使用され、伝統的な和様を基調としている。その一方で外陣内部には仏堂的な空間が形成されるなど、室町時代以降の傾向も示している。

一間社、身舎側面一間、浜床付、流造、檜皮葺
室町時代[応永9年(1402)]


    

<摂社八幡神社本殿>
末社八幡神社は本殿と同系統の平面と構造形式を持っているが、本殿に比べ小規模で簡素な意匠となっている。本殿よりさらに宋様式の採用を抑え、和様による意匠が支配的である。正確な建立年代は不明だが、本殿と共通する構造形式が見られることから、本殿と同時期の室町時代中期の建造物と判断されている。

一間社、身舎側面一間、浜床付、流造、檜皮葺
室町時代中期
   

 

 

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