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大阪府泉大津市元膳所城高麗門(移築)
(Former Korai type Gate of Zeze Castle, Izumiotsu City, Osaka)

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Feb.2012 野崎順次

大阪府泉大津市松ノ浜町
撮影日: 2012年2月19日

滋賀県大津市の膳所城にあった門を廃城後、細身良氏が購入し移築した。

この門はもと近江膳所城の南総門(瀬田口総門ともいう)であったもので、東海道の東側を扼し、街道を曲輪(くるわ)内に取り込む形になっていた。東海道を旅する人は、西の大津口(西総門)からこの南総門の間、城の縄張り内を通行することになる。

この門が建てられたのは貞享4年(1687)で、明治維新で廃城後、明治5年に大津市内の建部神社に移され、昭和9年室戸台風で倒壊したのを、細見良が購入、移築したものである。

高麗門とは、2本の本柱の上に切妻の屋根を架け、背後の控え柱の上にもそれと直交する小屋根を架ける形式の門で、城や役所などの権威的建築によく用いられる。

門の規模は、正面が総幅20尺7寸、側面8尺9寸で、大扉を入れる柱間は14尺5寸、これに幅6尺2寸の脇戸がつく。大扉は横板を鋲打ちし、正面要所に6葉金具・8双金具・浮金具を打っている。屋根は梁上に束を建てて棟木を支え、梁の両端には軒桁をのせ垂木をうける。妻の破風には梅鉢懸魚(けぎょ)を吊るし、6葉を打つ。棟の両端には鰭付鬼瓦を置くが、この瓦には丸に立て葵の本多家の家紋が入っている。また棟の上には、城門にふさわしく、1対の鯱をのせている。

この建物は移築や修理を繰り返しているので後補材が多く、冠木や破風まわりを除き、軒桁より上は明治以降の修理材である。しかし、柱・扉などは当初からの材と考えられ、全体の結構も優れている。

参考資料
財団法人 細見美術館財団 説明板

 

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