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大阪府貝塚市 孝恩寺
Kouonji,Kaizuka city,Osaka

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貝塚市木積798 孝恩寺観音堂 国宝 近世以前/寺院 鎌倉後期 鎌倉後期 桁行五間、梁間五間、一重、寄棟造、本瓦葺 19030415 19531114
Feb.23,2016 瀧山幸伸 source movie

                               

                                                                   


July 21,2014 大野木康夫 source movie 所在地 大阪府貝塚市木積798 遠景     境内      観音堂(国宝、別名釘無堂)                                                                           


Jan.2011 野崎順次 source movie

大阪府貝塚市木積798
浄土宗 孝恩寺
撮影日: 2011年1月22日 木積(こつみ)の孝恩寺は、元禄7年(1694年)に再興された浄土宗知恩院末の寺院である。
現在の本堂である観音堂(釘無堂)は、もと観音寺という寺院の観音堂だったが、大正3年(1914年)孝恩寺が観音堂を合併したことで、以後同寺の本堂となった。
観音寺は、行基(ぎょうき)に開創されたとされる寺院だが、天正13年(1586年)の羽柴(豊臣)秀吉による紀州攻めに際して伽藍(がらん)や持仏の大部分が焼失し、残された観音堂と持仏は木積村の人々によって守られてきた。 アプローチと現地説明板      国宝 観音堂(鎌倉後期)
観音堂は、「釘無堂」とも呼ばれ、様式的には鎌倉時代の建築と認められる大阪府下で最古の木造建造物である。
桁行(けたゆき)5間、梁間(はりま)5間、寄棟造(よせむねづくり)、本瓦葺で、屋根は行基葺(ぎょうきぶき)となっている。
前面2間は礼堂(らいどう)、その北側の中央桁行3間梁間2間を内陣、内陣の側背3面1間通りを外陣とし、周囲に濡れ縁(ぬれえん)をめぐらせる。
全体的には伝統的な和様を基調とする落ち着いた造りだが、随所に禅宗様(ぜんしゅうよう)という鎌倉時代に伝わった新しい建築様式が取り入れられていることから、鎌倉時代でも後半期に属する建物と考えられている。 観音堂外部(右回り)                外部細部                 観音堂内部                      境内               参考資料
貝塚市HP



Dec.2006 瀧山幸伸  source movie

  

 

          

       
     


     
   

                        

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