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大阪府柏原市 藤原石棺仏

(Fujiwara Amitabha Buddha Image sculputured on Stone Coffin, Kashiwara City, Osaka Pref.)

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April 28, 2018 野崎順次  source movie

大阪府柏原市高井田

当石佛は石棺の蓋石のようではあるが、木漆棺の棺台石ではないかと思われる。

厚み6寸、長さ8.9尺、幅3.4尺の凝灰岩の一枚岩である。

定印の阿彌陀如来座像は、高さ3.6寸、髪院高3.1寸、膝張3尺、白豪高3尺、佛身6尺の坐像の姿である。

特に面相がよく当初のままの表情を残してノミのあとも鮮やかに藤原古風を見せる。藤原末の一木造佛に通した彫成で、大きく広い耳は目立たないが藤原円満の様相と言えよう。

際立った顔立ちの素朴な美しさは藤原佛から脱出して活動期を迎える鎌倉期の先駆作という感じである。

肘が長く、膝までについた形と胸をせまくしているが、腹のくびれは荒いタッチの定印の手相、無紋式の衣の作りにマッチして藤原時代の大らかさが見られる。

大きい蓮辨3枚のように見えるが、裳懸座で、現在はセメントで塗り込められているが、この下に框座を重ねた線刻の台座があった。

古墳から取り出され、戸外の念佛者のために古墳埋葬者の供養もかねてこのような石棺佛造立の由来があったのであろう、昔から高井寺にあったのではなく、以前は寺の西側の小川の上流の寺から道端に建立されたのが大和川に流出したものを川原から掘り出して、明治の頃高井寺門前に立てられていたという伝承を持っている。

(大念佛寺・大源誌より) (現地説明版より)

           

十三仏板碑(江戸時代初期、慶安五年 1652年)

十三仏板碑には慶安五年(1652)の年号と「高井田村逆修一結衆造立」の刻銘があり、逆修供養のため造立されたことがわかる。

      

その他

     

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