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大阪府岸和田市 大威徳寺

Taiitokuji,Kishiwada city,Osaka

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岸和田市大沢町1178 大威徳寺多宝塔 重文 近世以前/寺院 室町後期 永正12(1515) 三間多宝塔、本瓦葺 棟札2枚 19710622


July 21,2014 大野木康夫 source movie 所在地 大阪府岸和田市大沢町1187 牛滝山大威徳寺は岸和田市南部、葛城山系の牛滝山に位置しています。

牛滝山は古くから修験道の霊場として知られています。

比叡山の僧惠亮が滝修行のさ中、牛に乗った大威徳明王を感得したのが寺号、山号の由来とされています。

現在では紅葉の名所として、また周辺は夏のキャンプ場として知られています。バス停付近 バス停から山門までは歩いてすぐの距離です。 境内風景 多宝塔(重要文化財)永正一二年(一五一五)に建立された三間多宝塔で、もとは板葺もしくは檜皮葺の屋根だったらしい。

この多宝塔は本堂の後方に位置し、特異な配置形式を示している。

室町末期の手法をよく残す繊細な多宝塔である。

(国指定文化財等データベースより) 本堂 一の滝、二の滝、三の滝


Mar.2011 酒井英樹

撮影:2008年4月

多宝塔

三間多宝塔、本瓦茸

室町時代大威徳寺は役小角の開基と伝えるが沿革は明らかでない。もとは本坊が真言宗、穀屋坊が天台宗に属し、多くの坊舎があったと伝える。現在は天台宗に属し、本堂・多宝塔・大師堂等を残す。多宝塔は本堂の後にあり、南面する。建立年代は昭和五十年修理で発見された下重壁板墨書により、永正十二年(一五一五)頃と考えられる。棟札等によれば建立後、寛政六年、享保三年、文化八年、元治二年に修理があり、ことに元治修理では基壇の新設や須弥増回りの改変が行われていたが、昭和五十年に半解体修理を実施、当初の姿に復原された。

この建物は三間多宝塔で、初重は円柱に台輪を回し、二手先の組物をのせ、組物間に各面とも中央間に暮股を、脇間に襲来を立てる。上重は回縁に三斗の腰組、軒下は四手先の組物を用いる。内部は北寄りに来迎柱をたて、仏壇を構える。床は拭板敷で、天井は格天井とする。天井は当初内法長押上に折上格天井として計画されたが、未完成のまま寛政か文化頃に至って台輪に直接取り付ける格天井を設けたものと思われる。

大阪付近に多い初重を円柱とする形式の一例で、木鼻・暮股などの細部手法が時代の特色をよくあらわし、かつ、本堂と多宝塔が一直線上に配置される類例の少ない配置形式を残している。

蟇股彫刻

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