JAPAN GEOGRAPHIC

大阪府大阪市浪速区 新世界界隈

(Shinsekai Area、Naniwaku, Osaka City, Osaka Pref.)

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June 18, 2016 野崎順次 source movie

大阪府大阪市浪速区恵美須東一丁目18番6号

通天閣

(Tsutenkaku Tower, Naniwa-ku, Osaka City, Osaka Pref.)

2.新世界とは?

大阪の中でも特に古い雰囲気が残っているスポットとして全国的に有名な「新世界」には、今もレトロの“趣”が漂う店舗が数多く存在します。昔ながらのキャラクター、大手お菓子メーカー「グリコ」の商品紹介の店舗、懐かしい居酒屋に暖簾、新世界にしかない味わい深い飲食店の数々が人目を引きます。

やはり大阪といえばこの場所をイメージされる方もおおいでしょう。ド派手な看板を掲げたお店が立ち並ぶこの賑やかな町並みは、まさに大阪らしい雰囲気です。この辺りも昔は畑地や荒地が広がっていたそうですが、明治時代に開催された「内国勧業博覧会」の会場敷地となったことから、大阪の新名所となる繁華街として誕生しました。

3.抑えておきたい「通天閣」

庶民の街で知られる大阪の新世界。新世界は、大阪のシンボルタワーである通天閣がそびえ立っている場所です。

初代の通天閣は、創建当初の1912(明治45)年には「天に通じる高い建物」として東洋一(64m)の高さを誇っていたそう。現在の通天閣は2代目で1956(昭和31)年10月に完成しました。高さ103m、円形エレベーターを備えた近代的な作りになっています。

国の有形文化財に指定されているタワーです。この通天閣のモデルって何かご存じですか?実はフランス・パリの凱旋門とエッフェル塔なんですよ。凱旋門の上にエッフェル塔が乗った状態をイメージして建てられたそうです。

(ファインドトラベルウェブサイト新世界・通天閣より)

地下鉄動物園前からのいつものアプローチ

                                                

パンフレット

      

通天閣外部

             

通天閣には地下1階に下りて入る。

     

猿まわしショー

            

上に行くエレベーターは35分待ちで仕方なくキョロキョロする。

                                       

上からの眺望

                                                   

帰りがけの展示など

                        


March 9, 2014 野崎順次 source movie

大阪府大阪市浪速区恵美須1−18−6

通天閣

(Tsutenkaku, Naniwa-ku, Osaka City, Osaka Pref.)

現在の通天閣は二代目で、1956年(昭和31年)に完成した。通天閣観光株式会社により運営されている。避雷針を含めた高さは103m(塔自体の高さは100m)。設計者は、ほぼ同時期にできた名古屋テレビ塔、東京タワーなどを手がけた内藤多仲。建設を施工したのは奥村組である。「通天閣」とは、「天に通じる高い建物」という意味で、命名したのは明治初期の儒学者、藤沢南岳である。

初代通天閣

1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会の会場跡地に、パリのエッフェル塔と凱旋門を模した初代通天閣が1912年(明治45年)7月3日にルナパークと共に建設された[5]。設計は設楽貞雄。建設費用は約9万7000円で、当為の入場料は10銭。300尺(91メートル)という触れ込み(実際は250尺/約75メートル)で、その当時東洋一の高さを誇っていた。通天閣は、ルナパークと「ロープ・ウエィ」で結ばれており、人々に親しまれていた。大阪で2番目(非貨物専用としては最初)の昇降機が設置され評判となった。(中略)太平洋戦争中の1943年(昭和18年)1月16日に直下にあった映画館・大橋座の火災で通天閣の脚部が加熱により強度不足となる。そのため、鉄材を軍需資材として大阪府に「献納」するという名目で同年2月13日から塔は解体され、初代通天閣は姿を消した。

(ウィキペディア「通天閣」より)

東南の天王寺公園からアプローチ

                    

通天閣と新世界の賑わい

                      


Aug.2012 野崎順次 source movie

大阪府大阪市浪速区恵美須東

撮影日: 2012年8月18日

かつての新世界は、その独特の雰囲気で人々を惹きつけ、多くの小説・漫画の舞台ともなったが、一方であいりん地区や飛田新地に隣接し、一般人はおいそれと立ち入り難い側面もあった。

近年では、NHKの連続テレビ小説「ふたりっ子」の舞台として登場したり、バラエティ番組でも紹介され、関西地区以外の人々にも広く知られるようになった。

週末になると数多くの観光客が詰めかけ、通天閣や今や懐かしい手書きの派手な映画看板などをバックに写真を撮ったり、スマートボールに興じている様子が見られる。

2000年代前半まではパチンコ店やアダルトショップなどが並んでいたメインストリートは、串カツ店を主とした飲食店が目立つようになり、家族連れの観光客が列を作るなど、かつての歓楽街の雰囲気から脱し、大阪を代表とする観光地の様相を呈している。

この日は地下鉄動物園前からジャンジャン横丁を通って、通天閣を見に行ったが、観光客が長蛇の列で待っているので入場を諦めた。その内、激しい雷雨となり、撮影どころではなくなった。

                                           

参考資料

ウィキペディア「新世界(大阪)」


July.2009 撮影/文:野崎順次

大阪市浪速区恵美須1丁目〜3丁目

大阪で「キタ」といえば、北区の梅田、曾根崎新地あたりを指し、「ミナミ」と云えば、中央区の難波、心斎橋あたりだろうか。

それからすると、新世界界隈はディープサウスという感がある。

明治36年(1903)の第5回内国勧業博覧会の跡地西側が、明治42年(1909)に一括払い下げされ、その北半分にエッフェル塔に似た通天閣を建て、パリと同様に放射状3方向の通りを配した。

南半分にはニューヨークのコニーアイランドに似た遊園地「ルナパーク」を開いた。

ルナパークには幸運の神「ビリケン像」があった。

すなわち、新世界はパリとニューヨークを模したアミューズメントセンターであった。

だが、太平洋戦争で被災・壊滅し、戦後、まず、ジャンジャン横町が立ち上がり安い食品(串カツが有名)を売り出し、昭和31年(1956)には今の二代目通天閣が建設された。

近くには日本最大のドヤ街「あいりん地区」がある。

まず、地下鉄動物園前駅で降り、ジャンジャン横町を突き抜ける。

              

左に折れて、新世界公園本通平を進む。大衆食堂「あづま」で30年ぶりに「シチュー」を食したが、実に上品な塩味でご飯がすすむ。透明なスープに牛肉スライス、玉葱、馬鈴薯が入っていて一杯350円也。ご飯とハムエッグをつけて計800円也。

               

通天閣を見上げながら、通天閣南本通、通天閣、通天閣本通と歩いた。

                        

 

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