大阪府大阪市天王寺区 勝鬘院
Shoman in,Tennojiku,Osaka city,Osaka
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大阪市天王寺区夕陽丘町5-36 勝鬘院塔婆 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長2(1597) 三間多宝塔、本瓦葺 銅銘版1枚 19070527
大阪府大阪市天王寺区夕陽ヶ丘町5−36
荒陵山 勝鬘院(しょうまんいん)
日本最初の社会福祉施設、施薬院として建立
西暦593年(推古天皇元年)、聖徳太子は、敬田院、施薬院、療病院、悲田院からなる四天王寺を建立されました。 その中の施薬院は、あらゆる薬草を植え、病に応じてあまねく人々に与えられるようにと現在の愛染堂の場所に建立されたのです。当時の面積は現在より一層広大であり、また、建立の意味あいからいうと、我が国の社会福祉事業発祥の地とも言えます。
施薬院から勝鬘院へ
施薬院が勝鬘院と呼ばれるようになったのは、このお寺で聖徳太子が勝鬘経というお経を人々に講ぜられていたため、そして勝鬘経に登場するお姫様・シュリーマーラー夫人(勝鬘夫人)の仏像が本堂に祀られているため、後にこう呼ばれるようになりました。主な堂塔として、金堂(府の指定文化財)と多宝塔(国の重要文化財・旧国宝)があります。
勝鬘院から愛染堂
正式名称は勝鬘院ですが、金堂に愛染明王が奉安されており、また愛染明王信仰の普及とともに、勝鬘院全体が愛染堂と通称されています。
(愛染堂勝鬘院オフィシャルホームページより)
藥医門,大力金剛尊、七福神
府文 金堂(本堂)江戸前期
徳川幕府二代目将軍徳川秀忠の手によって再建
金堂内部
国重文 勝鬘院塔婆(多宝塔)桃山 慶長二年(1597)
三間多宝塔、本瓦葺
豊臣秀吉により再建、大阪市最古の木造建造物、内部には秀吉が戦勝祈願のために造像させたといわれる大日大勝金剛尊像と、極彩色で描かれた十二天の壁画と柱絵が奉安される。
南面
西面
北面
東面
細部
その他境内
参考資料
愛染堂勝鬘院オフィシャルホームページ
勝鬘院多宝塔
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