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大阪府堺市美原区 黒姫山古墳

Kurohimeyamakofun, Miharaku, Sakai City,Osaka

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January 24, 2026 野崎順次 source movie

大阪府堺市美原区黒山
黒姫山古墳

国史跡

平地に営まれた前方後円墳で、前方部はほぼ西に面し主軸の長さ約114メートルを有する。封土は二段に築成せられ北側のくびれ部には造り出しをそなえ、周囲に堀が存する。
昭和22年に調査され墳丘には二重に円筒埴輪列がめぐらされ、後円部においては上段の円筒埴輪列の外側に衣笠形埴輪がほぼ等間隔に配置されていることが認められ、又前方部の頂上とくびれ部とのほぼ中間にあたり東西に長く竪穴式石室が存し、内部から短甲24領をはじめとする甲冑及び刀・剣・鏃等の鉄製利器等が検出された。
この古墳は内部構造主体の一部が明かにされたことにおいて学術上重要な意義をもたらしたが、墳丘もまた良好な状態で保存されわが国の古墳文化を知る上に価値高いものがある。
S53-06-027黒姫山古墳.txt: 南河内の狭山池にはじまる広い平地に唯1基、大規模な前方後円墳黒姫山古墳がみられる。本古墳は全長114メートル、後円部径64メートル、前方部幅65メートル、後円部高11メートル、前方部高11.6メートルをはかる2段築成の西向きの美しい墳丘を見せている。墳丘の周囲には13〜18メートル幅の周濠をめぐらしており、深さ2メートルをはかる。墳丘上には埴輪列、葺石がみられ後円部には刳抜式石棺を据え、前方部には竪穴式石室を設けており、後者からは多量の甲冑等を検出し注目をうけた。
本古墳は、昭和32年10月24日史跡に指定されたが、その後周堤の存在することが明確となり、内・外両側に埴輪列のめぐることが知られるに至り、本墳の範囲が明確になるとともに、北東の周堤にとりつく形で方形墳ドン山古墳が存在し、その北、東側に周濠をもつこともたしかめられた。そのほか、本墳の北側、周堤に接して子持勾玉の発見地もみられる。そうした成果をふまえて今回、周堤部及びドン山古墳の範囲を追加しようとするものである。
(文化遺産オンライン)

10年ぶりに来たが冬季にもかかわらず草木が繁茂して荒れていた。どことも人手不足で仕方がないが。

パンフレットと現地説明板

   

墳丘の東側の復元ゾーン
竪穴式石室と一部の円筒埴輪列が実物大で復元されている。

          

後円部の周濠沿いに右回りに進む。

                   

幹線道路に近づいたので、コンビニで寄り道。

    

前方部

    

墳丘露出展示

      

墳丘の北側へ

  

ヒラドツツジによる周庭帯の復元

     

墳丘北側の芝生広場をうろうろ。遠望する墳丘は左が後円部、右が前方部。

              

ガイダンス施設と展示

                   

 


August 9, 2015 野崎順次 source movie

大阪府堺市美原区黒山

国史跡 黒姫山古墳

(National Historic Site “Kurohimeyama Burial Mound”, Mihara-ku, Sakai City, Osaka Pref.)

黒姫山古墳は、全長114メートル、前方部幅65メートル、前方部高さ11.6メートル、後円部径64メートル、後円部高さ11メートルの二段築成の前方後円墳で、百舌鳥古墳群と古市古墳群の中間に位置します。

後円部の埋葬施設は、盗掘により破壊され消滅していますが、前方部中央から竪穴式石室が発見され、1947年から末永雅雄博士らによって発掘調査が実施されました。石室の中からは24領の甲冑をはじめ、大量の鉄製武具や武器が出土し、全国的に注目されるようになりました。

これらの調査より、黒姫山古墳は古墳時代中期(5世紀中頃)に、この地域で勢力を誇っていた丹比(たじひ)氏によって築造されたと考えられます。また、中世には城の砦として転用されていたことも分かっています。

(堺市ウェブサイトより)

考古学者森浩一さんの本で、特に印象に残った古墳の一つである。今は平野の真ん中に孤立しているようだが、かつては周囲に倍塚などがあって、古墳群を成していた。

パンフレットと現地説明板

               

本古墳は東西軸で西に前方部、東に後円部がある。西側から近づき、南の遊歩道を東へ進む。水を湛えた周濠があり、釣り人がいた。ちょうどブラックバスを釣り上げたが、撮影を逸した。

                     

古墳の東に前方部で見つかった竪穴式石室が復元されている。

             

ガイダンス施設と説明板

         

古墳の北側を西へ戻る。集合の周りに推定幅約5mの周庭帯があり、その範囲をヒラドツツジで表現しているという。

                           

前方部の墳丘露出展示

           

近くの田んぼで大きなタニシを観察。スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)か?

     

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