大阪府堺市北区 高林家住宅
(Takabayashi House, Kitaku, Sakai City, Osaka)
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堺市北区百舌鳥赤畑町5-647 高林家住宅(大阪府堺市百舌鳥赤畑町) 表門 重文 近世以前/民家 江戸後期 江戸後期 長屋門、桁行28.1m、梁間7.1m、二階建、切妻造、本瓦葺、便所及び牛部屋附属 19690620
堺市北区百舌鳥赤畑町5-647 高林家住宅(大阪府堺市百舌鳥赤畑町) 米蔵 重文 近世以前/民家 江戸後期 江戸後期 土蔵造、桁行7.9m、梁間7.1m、二階建、切妻造、南面庇付、西側中蔵附属、本瓦葺 柴納屋1棟 19860524
堺市北区百舌鳥赤畑町5-647 高林家住宅(大阪府堺市百舌鳥赤畑町) 西蔵 重文 近世以前/民家 明治 明治 土蔵造、桁行5.9m、梁間4.0m、二階建、切妻造、本瓦葺 19860524
October 9, 2017 野崎順次 source movie
大阪府堺市北区百舌鳥赤畑(もずあかはた)町5丁647
国重文。
高林(たかばやし)家住宅は、御廟山古墳(ごびょうやまこふん)の南側にあります。
白漆喰(しっくい)の土塀に囲まれた中には、主屋(おもや)・土蔵・不動堂・稲荷社があり、建物と山林を含めた敷地全体が、江戸時代・近畿地方の大規模な庄屋屋敷の構えを良く残しています。
主屋は切妻造(きりづまづくり)の茅葺(かやぶき)屋根で、この屋根の形は「大和棟」(やまとむね)ともいわれ、大阪府と奈良県北部にかつては数多く見られた特徴的な民家の姿です。内部は約半分を土間とし、大きな梁(はり)が架けられ雄大な空間を作っています。昭和52〜54年(1977〜1979年)の保存修理工事により、建築当初の天正年間(1573〜1592年)には屋根形式が入母屋造(いりもやづくり)でしたが、後の増改築により座敷や玄関などが整えられ、現在の姿は18世紀の終わり頃に完成したことがわかりました。
※ 現在も居宅として利用されていますので、外観からの見学をお願いします。
(堺市ウェブサイトより)
国重文。現在も居宅として利用されていて、見学は外観のみである。前回撮れなかった動画を追加した。
堺市北区百舌鳥赤畑町5丁647
撮影日: 2012年3月20日
白漆喰の土塀に囲まれた中には、主屋・土蔵・不動堂・稲荷社があり、建物と山林を含めた敷地全体が江戸時代の近畿地方の大規模な庄屋屋敷の構えをよく残している。主屋は切妻造の茅葺屋根で、この屋根の形は「大和棟」ともいわれ、大阪府と奈良県北部にかつては数多く見られた特徴的な民家の姿である。内部は約半分を土間とし、大きな梁が架けられ雄大な空間を作っている。
昭和の保存修理工事により、建築当初の天正年間(1573〜1592年)には屋根形式が入母屋造であったことや、後の増改築により座敷や玄関などが整えられ、現在の姿は18世紀の終わり頃に完成したことがわかった。
主屋(附 幣串、土塀)、表門、米蔵(附 柴納屋)、西蔵(附 土塀)が国指定重要文化財である。
主屋 江戸中期(1661-1750)
桁行30.4m、梁間11.5m、切妻造段違、茅葺、東端及び西端入母屋造、南面土庇、北面庇付、本瓦葺、玄関及び取合の間 桁行7.3m、梁間6.0m、入母屋造、本瓦葺、式台附属
表門 江戸後期 (1751-1829)
長屋門、桁行28.1m、梁間7.1m、二階建、切妻造、本瓦葺、便所及び牛部屋附属
米蔵 江戸後期 (1751-1829)
土蔵造、桁行7.9m、梁間7.1m、二階建、切妻造、南面庇付、西側中蔵附属、本瓦葺
西蔵 明治(1868 - 1911)
土蔵造、桁行5.9m、梁間4.0m、二階建、切妻造、本瓦葺
現役の生活空間だから、内部は非公開である。ほぼ四角な敷地で東側の表門と土塀を見る。主屋は屋根しか見えない。
南側に3階建てのマンションがあり3階の廊下から見下ろすと主屋がよく見えた。
小さな2階が望楼のように付き出ているのは離れになるのだろうか。
西の駐車場から見る。
敷地の西北の隅に稲荷社、その東に不動堂らしき建物が見える。
参考資料
堺市HP
国指定文化財等データベース
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