JAPAN GEOGRAPHIC

大阪府太子町 二上山から磯長谷へ

(From Mt. Nijozan to Shinagadani Valley, Taishi town, Osaka)

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Feb.2012 野崎順次

大阪府南河内郡太子町

撮影日: 1979年2月11日(2012年12月にデジタル化)

二上山(にじょうざん)は、奈良県葛城市と大阪府太子町に跨がる山。かつては大和言葉による読みで「ふたかみやま」と呼ばれた。北方の雄岳(517m)と南方の雌岳(474m)の2つの山頂がある双耳峰である。古来より、雄岳・雌岳の間に日が沈む様子から、神聖な山岳として、人々から崇められてきた。

磯長谷は大阪府太子町を流れる飛鳥川の谷で、「科長」とも記した。この谷には,蘇我氏より出た后妃の産んだ用明天皇・推古天皇や敏達天皇・孝徳天皇の陵墓に治定される古墳や用明天皇の皇子聖徳太子の墓などがあり,王陵の谷とよばれる。

近鉄南大阪線二上神社口駅で下車、二上山を目指す。

葛木倭文坐天羽雷命神社

二上山の雄山を神奈備山として鎮座、天羽雷命は機織の神であり、各地に倭文氏により奉祀された。二上山頂上の葛木坐二上神社の大国魂神が相殿神として祀られている。

二上山雄岳山頂の大津皇子墓と式内社葛木坐二上神社

国史跡 岩屋

竹内街道の間道である岩屋越近くに位置する岩屋は、奈良時代に造られた大小2基の石窟から成る石窟寺院である。大きいほうの石窟は、高さ7.6m、高さ6.14m、奥行4.5mの規模をもち、中央には凝灰岩で造られた石塔がある。鹿谷寺と共に、我が国で唯一の大陸風の石窟寺院だが、文献にも何ら記録がなく、謎の多い寺跡である。

国史跡 鹿谷寺跡

凝灰岩の岩盤を掘り込んで作られた大陸風の石窟寺院であった。我が国では奈良時代にまでさかのぼる本格的な石窟寺院は、二上山山麓以外には知られていない。寺跡の中心部には、十三重の石塔と岩窟に彫りこまれた線刻の三尊仏坐像が遺されており、かつてこの周辺から日本最古の貨幣といわれる、和同開珎が出土している。

科長神社

式内社で、級長津彦命(しながつひこのみこと)、級長津姫命(しながつひめのみこと)など八柱を祀るために、八社大明神とも呼ばれている。

小野妹子墓

科長神社南側の小高い丘の上に、古くから小野妹子の墓と伝えられる小さな塚がある。妹子が聖徳太子の守り本尊の如意輪観音の守護を託され、坊を建て、朝夕に仏前に花を供えたのが、池坊流の起こりになったとされることから、現在、塚は池坊によって管理されている。

府指定史跡 仏陀寺古墳

仏陀寺古墳は、二上山から産出する凝灰岩を刳り貫いて造られた横口式石槨をもつ古墳で、中大兄皇子と共に大化改新を実行した蘇我倉山田石川麻呂の墓と伝えられる。

参考資料

太子町観光情報

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