大阪府高槻市 安満遺跡
(Ama Site, Takatsuki City, Osaka Pref.)
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July 4, 2021 野崎順次 source
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国史跡
新型コロナによる緊急事態宣言で閉鎖されていた歴史拠点の施設を訪問した。
パンフレット
メインエントランスから居住区歴史拠点へ
体験館多目的スペースでは、Takatsuki Art Challenge展(撮影禁止)
展示棟は安満遺跡の歴史や弥生時代の暮らしをレプリカで紹介している。アカデミックではなく、子供向けに分かりやすく解説している。
シアター映像
戻る。
ボーネルンド Park Center
June 3, 2021 野崎順次
source movie
大阪府高槻市八丁畷町12番3号
安満遺跡公園
(Ama Site Park, Takatsuki City, Osaka Pref.)
国史跡
安満遺跡は、近畿地方でもいち早く米づくりを始めた、弥生時代の大環濠集落跡です。約2,500年前、稲作技術をたずさえた開拓者たちが安満山を望む葦辺に水田を拓き、先住の縄文人たちと共生するなかで、新たな弥生文化が華ひらきました。京大農場跡地一帯に、環濠がめぐる居住域、低湿地と一体をなす生産域、そして墓域が営まれました。人々は淀川を通じて広範な地域と活発に交流し、ほぼ800年間にわたって栄えたことがわかっています。日本の弥生文化を知る上できわめて重要な遺跡であり、中心部の約13ヘクタールが国史跡に指定されています。史跡全体を含む京大農場跡地一帯は、安満遺跡公園として2021年全面開園を目指して、整備が進められている。(2021年3月27日全面開園)
ここがポイント!安満の弥生ムラ
1.弥生集落の3要素である居住域・生産域・墓域の範囲や時期が把握されている
日本各地の弥生遺跡の中で、集落の3要素が確認され、その範囲や移り変わりがつかめている遺跡はごくわずか。安満遺跡は弥生ムラの成り立ちや、のちのクニへの発展過程を知る上で、とても大切な遺跡です。
2.弥生時代前期から後期まで継続的に営まれた、拠点的集落である
三島地域の弥生時代をリードした大集落です。三島の拠点的集落は、ほかに銅鐸をつくっていた茨木市の東奈良遺跡があげられます。
3.縄文文化と出会って弥生文化が華ひらいた地である
縄文人は弥生人と出会い、やがて共生して弥生文化の担い手ともなっていきます。縄文文化の精華である漆塗りの櫛やかんざしは、そうした交流の象徴です。
4.瀬戸内・四国、琵琶湖・北陸方面など、淀川を経由して広範な地域と交流した
土器をはじめ、石器や石材、さらには長大な木棺材に至るまで、さまざまな文物が淀川水運を通じて流通し、各地の弥生ムラを結び付けていました。
(高槻市ウェブサイトより)
メインエントランス、みち広場
居住域入り口の説明板
居住域 歴史拠点の全景と環濠
本館
展示館、新型コロナ緊急事態宣言により休館
体験館(休館)と北館
環濠北側を進み、竪穴住居跡
生産域、せせらぎ、水田(秋の収穫)、用水路と井堰
南側の飲食レジャー施設
墓域(集団墓地)、四角い墓
原っぱ
安満遺跡公園のすぐ北側はJR京都線、南側は阪急京都線である。阪急電車から見た遺跡公園(西から東へ)。
April 28, 2019 野崎順次 source movie
大阪府高槻市八丁畷町
安満遺跡公園
(Ama Site Park, Takatsuki City, Osaka Pref.)
国史跡 安満遺跡
市では、京都大学大学院農学研究科附属農場の移転に伴い、その跡地を含めた一帯を「安満遺跡公園」として整備し、弥生時代の安満遺跡を保存・活用するとともに、防災機能を備えた、緑豊かな公園を目指す取組を進めています。
「市民とともに育てつづける」をコンセプトに、市民の皆さんと一緒に考え、時代やニーズに合わせて、成長する公園づくりを進めていきます。
全面開園は2021年予定で、広さ約22ha(甲子園球場約5個分)。
(高槻市公式ウェブサイトより)
平成31(2019)年3月23日に西の端が一次開園したというので、行ってみた。現状は、まったくのレジャーランドである。博物館や復元遺跡は皆無で、それらしいイベントといえば、邪馬台国大阪三島説の講演だけだった。
メインエントランスから東へ
中核施設のボーネルンドPark Center、外部
内部
ぶらぶらとエントランスに戻る。
April 13, 2019 野崎順次
高槻市八丁畷町・高垣町ほか
安満遺跡公園
(Ama Site Park, Takatsuki City, Osaka Pref.)
国史跡
安満遺跡は、高槻の稲作文化発祥の地です。約2,500年前に開かれた環濠(かんごう)がめぐる居住地や水田、集団墓地などが見つかっており、土器や石器、農工具、装身具など豊富な生活用具が出土しています。淀川を介して各地と交流して栄えた、弥生時代の社会を知る上で極めて重要な遺跡です。京大農場の地下には、いわば最初の高槻市民が営んだムラが息づいています。
高槻市は、京都大学大学院農学研究科附属農場の移転に伴い、その跡地を含めた一帯を、国宝級の歴史資産である弥生時代の安満遺跡を保存・活用し、防災機能を備えた、緑豊かな公園の整備を進めています。
(高槻市ウェブサイトより)
安満遺跡公園は、2019年3月に一部開園、2021年には全面開園予定である。現状を阪急電車で高槻駅を出て京都方面に行く車窓から撮影した。
April 7, 2018 野崎順次
高槻市八丁畷町・高垣町ほか
国史跡
安満遺跡は、高槻の稲作文化発祥の地です。約2,500年前に開かれた環濠(かんごう)がめぐる居住地や水田、集団墓地などが見つかっており、土器や石器、農工具、装身具など豊富な生活用具が出土しています。淀川を介して各地と交流して栄えた、弥生時代の社会を知る上で極めて重要な遺跡です。京大農場の地下には、いわば最初の高槻市民が営んだムラが息づいています。
高槻市は、京都大学大学院農学研究科附属農場の移転に伴い、その跡地を含めた一帯を、国宝級の歴史資産である弥生時代の安満遺跡を保存・活用し、防災機能を備えた、緑豊かな公園の整備を進めています。
(高槻市ウェブサイトより)
いつもは阪急電車から見て、ゆとりのある農場だなあと思っていたら、発掘調査をするのが見えたり、掘り出した膨大な土にブルーシートをかけてあったりして、何かの遺跡だと思っていた。きちんと調べたら、安満遺跡だった。現在整備中で来年には一部オープンとなるそうだ。
今回はJR車中より撮影、西から東へ
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