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大阪府富田林市 興正寺別院

(Koshoji Betsuin Temple, Tondabayashi City, Osaka Pref.)

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重文建造物6棟、障壁画、欄間彫刻, 寺小屋や学童疎開に利用された本堂

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富田林市富田林町13-18 富田林興正寺別院 本堂 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永15(1638) 桁行18.3m、梁間18.7m、入母屋造、向拝三間、本瓦葺 "築地塀3棟 山門南方延長18.7m、山門北方延長5.2m、 御成門北方延長5.8m、各本瓦葺" 20140918

富田林市富田林町13-18 富田林興正寺別院 対面所 重文 近世以前/寺院 江戸末期 安政3(1856) "桁行16.8m、梁間6.3m、切妻造、妻入、正面唐破風造玄関付、本瓦及び桟瓦葺、渡廊下附属、桟瓦葺" 20140918

富田林市富田林町13-18 富田林興正寺別院 鐘楼 重文 近世以前/寺院 江戸後期 文化7(1810) 桁行一間、梁間一間、入母屋造、本瓦葺 20140918

富田林市富田林町13-18 富田林興正寺別院 鼓楼 重文 近世以前/寺院 江戸後期 18世紀後期 桁行5.0m、梁間4.0m、二重、入母屋造、本瓦葺 20140918

富田林市富田林町13-18 富田林興正寺別院 山門 重文 近世以前/寺院 江戸前期 江戸前期 一間薬医門、切妻造、南北潜戸付、本瓦葺 20140918

富田林市富田林町13-18 富田林興正寺別院 御成門 重文 近世以前/寺院 江戸中期 18世紀前期 一間棟門、切妻造、本瓦葺、南北袖築地塀付、桟瓦葺 20140918


Mar.19,2017 中山辰夫

大阪府富田林市富田林町13−18

宗派:真宗興正派「本山は京都」・本尊:阿弥陀如来・開基:興正寺第16世証秀・創建:永禄初年(1558年頃)

本堂、対面所、鐘楼、鼓楼、山門、御成門が国重要文化財に指定されている。

   

寺は、東に面して正面に山門、御正門、南に鐘楼、北に太鼓楼を配置している。門前の道筋は城之門筋で、日本の道百選にも選ばれている。

富田林興正寺別院は,本堂や対面所を中心に江戸時代末期に整えられた境内が良好に維持されており,富田林寺内町の歴史的景観に欠くことのできない存在として貴重である。 妙慶寺とは城之門筋を介して向い合っている。

山門−国重要文化財

          

一間薬医門、切妻造、南北潜戸付、本瓦葺。京都興正寺北門を1857(安政4)年現在地に移築。伏見城の遺構との伝承があり、現存する山門には城門の遺構らしき部材も含まれるが、古材を一部再用して江戸時代初期に建立されたものとみられる。

寺内町のメインストリートでもある門前の通りは、城之門筋と呼ばれており、城門にちなむもの。

御成門−国重要文化財

   

一間棟門、切妻造、本瓦葺、南北袖築地塀付、桟瓦葺。18世紀前半頃の部材を含む、1857(安政4)年頃移築

鼓楼−国重要文化財

           

桁行5.0m、梁間4.0m、二重、入母屋造、本瓦葺。18世紀後半頃の建立、1810(文化7)年現在地に移築

鐘楼よりも古い18世紀後期の建築で、土蔵造り2階建ての建物。2階の窓は、花頭窓の形式。

鐘楼−国重要文化財

      

桁行一間、梁間、入母屋造、本瓦葺。1810(文化)7年建立

181(文化7)年の建築で、境内の南東隅みに建っている。四面は吹き放しで、中央部に鐘が吊るされている。

対面所−国重要文化財

         

桁行16.8m、梁間6.3m、切妻造、正面唐破風造玄関付、本瓦及び桟瓦葺 渡廊下附属、桟瓦葺。1856(安政3)年建立

江戸時代末期の1856(安政3)年の建築で、本堂に北側に隣接して建っている。

正面は唐破風造りの式台玄関とし、奥座敷は一段高い「上段の間」となっていて、小規模ながら対面所としての機能と格式を備えている。

本堂−国重要文化財

       

桁行18.3m、梁間18.7m、入母屋造、向拝三間、本瓦葺。1638(寛永15)年建立

1638(寛永15)年再建。浄土真宗寺院の本堂としては、大阪府内では最古。

本堂は江戸時代には寺子屋として利用され、現在の市立富田林小学校の前身である。

       

参考資料<国文化財データーベース・他より引用>


September 15,2014 大野木康夫 source movie

所在地 大阪府富田林市富田林町13-18

富田林興正寺別院は,重要伝統的建造物群保存地区である富田林市富田林寺内町の中央に境内を構える真宗寺院である。

本堂は,寛永15年(1638)の建立で,近畿地方における最古級の真宗本堂である。古式な平面や構造と江戸時代初期の装飾細部を兼備しており,初期の真宗本堂の成立過程を知る上で価値がある。

本堂北に対面所,境内東南には鐘楼,東北に鼓楼が建ち,山門と御成門を開く。富田林興正寺別院は,本堂や対面所を中心に江戸時代末期に整えられた境内が良好に維持されており,富田林寺内町の歴史的景観に欠くことのできない存在として貴重である。

(国指定文化財等データベースより)

周辺

     

説明板

 

鼓楼(重要文化財)

18世紀後期の建築

桁行5.0m、梁間4.0m、二重、入母屋造、本瓦葺

興正寺のシンボル的な建物です。

             

鼓楼細部

    

鐘楼(重要文化財)

文化7(1810)年の建築

桁行一間、梁間一間、入母屋造、本瓦葺

山門を挟み、鼓楼と対になっています。

          

鐘楼細部

        

山門(重要文化財)

江戸初期の建築

一間薬医門、切妻造、南北潜戸付、本瓦葺

伏見城(徳川期の再建)の城門を移築したものといわれており、門前の通りは城之門筋といいます。

         

山門細部

              

築地塀(重要文化財の附指定)

3棟です。

山門南

    

山門北

  

御成門北

 

御成門(重要文化財)

18世紀前期の建築

一間棟門、切妻造、本瓦葺、南北袖築地塀付、桟瓦葺

            

御成門細部

    

本堂(重要文化財)

寛永15(1638)年の建築

桁行18.3m、梁間18.7m、入母屋造、向拝三間、本瓦葺

                  

本堂細部

              

本堂内部

                

対面所(重要文化財)

安政3(1856)年の建築

桁行16.8m、梁間6.3m、切妻造、正面唐破風造玄関付、本瓦及び桟瓦葺 渡廊下附属、桟瓦葺

正面の玄関側からしか撮影できません。

         

対面所細部

     


May 31, 2014 野崎順次 source movie

興正寺別院は富田林・寺内町の成立と発展の中心となった浄土真宗(一向宗)の寺院です。地元の人からは御坊さん(富田林御坊)として親しまれています。

2014年5月、文化審議会は文部科学大臣に対して、興正寺別院本堂、対面所、鐘楼、鼓楼、山門、御成門の6棟を国の重要文化財に指定するように答申しました。浄土真宗の寺院本堂として大阪府内で最古の建造物であること、古い時代のお寺の伽藍配置が良好に保存・維持されていること、大阪府下で唯一の、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている富田林寺内町の中核となっているお寺であることなどが高く評価されました。(「富田林寺内町の探訪」ウェブサイトより)

現地説明板

 

西から堺筋を通って近づくとまず鼓楼が目に入る。

国重文 鼓楼 江戸後期 文化七年(1810)に現在地に移築

築江戸中期、土蔵造り2階建て、花頭窓

                 

国重文 山門 安政四年(1857)移築

薬医門、伏見城の城門と云われる興正寺(京都)北門を再移築、通常の山門より大きい

                      

国重文 御成門 江戸末期に移築

築江戸中期らしい

      

国重文 鐘楼 江戸後期 文化七年(1810)

            

国重文 本堂 江戸初期 寛永十五年(1638)再建

浄土真宗寺院の本堂としては大阪府内最古、江戸時代には寺子屋に利用、大東亜戦争時は学童疎開を受け入れた。最近の雨漏りのため、屋根のてっぺんが仮補修されていた。近々、2年間の大修理をする予定。

            

国重文 対面所 江戸末期 安政三年(1856)

唐破風造り式台玄関

          

本堂内部

幕府御用絵師 狩野寿石秀信による障壁画「松図」(右)と「竹梅図」(左)

         

欄間彫刻を少し離れて見る、右から左へ

     

蟇股彫刻、中国故事「二十四孝」由来の七話、右から左へ、

       

蟇股を含む欄間彫刻、右から左へ

       

内陣をうかがう

     

本堂外陣と諭しの言葉

              

その他境内

     

参考資料

「富田林寺内町の探訪」ウェブサイト

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