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大阪府八尾市 久宝寺寺内町

Kyuhoji Jinaimachi,Yao city, Osaka

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December 20 and 28, 2025 野崎順次 source movie

大阪府八尾市久宝寺
久宝寺寺内町
(Kyuhoji Jinai-Machi, Yao city, Osaka Pref.)

聖徳太子が物部守屋との戦いに勝利するための祈願所として「久宝寺」というお寺を創建されたと言い伝えられ、現在は存在しませんが、それが久宝寺という地名の由来であると言われています。1470年に本願寺の蓮如上人が久宝寺で布教し、後に西証寺(現 顕証寺)を建てられ、その西証寺を中心に1541年頃に久宝寺寺内町が誕生しました。碁盤の目の町割りは現在も当時のまま残っています。 毎年9月中旬には千基以上の燈籠に灯がともる「久宝寺寺内町燈路まつり」が開催されています。
(大阪公式観光情報 OSAKAINFOサイト)

八尾きらり指定住宅の説明は八尾市公式サイトから引用した。

パンフレットと現地説明板

       

撮影コース、1回目のコースで、2軒目の太田邸が隣と間違っていたり、その後、2回目で八尾きらり指定の吉川邸、越前文光堂、山田邸など追加撮影したので、訂正すべきであるが、おおざっぱな参考資料とする。

 

許麻橋地蔵尊と堀・土塁跡

              

中之町通りを少し西へ

    

吉川邸(八尾きらり第4号)
主屋は南面して建ち、桁行4.5間、梁間3間、切妻・平入・瓦葺、南・北・西面半間庇付き。つし2階の比較的小規模な町屋で、東側奥には桁行3間、梁間3間の角屋が接続する。敷地西側と北側2面に庭を取り、隣接するまちなみセンターからは吉川邸の庭木越しに主屋の一部を望むことができる。

                     

あごなし地蔵尊

    

中之町通りを東へ、発願寺など

       

越前文光堂(八尾きらり第31号)
久宝寺寺内町の核となる顕証寺の北側を東西に走る幅員の広い市道(通称「中之町通り」)に南面し、間口いっぱいに総2階タイプの町家が建つ。明治後期から昭和初期に地区内で多く建てられた総2階タイプの町家。平入で屋根は桟瓦葺き。2階部分は窓や袖うだつなど、当初の形を留めつつ、金属製の山型の格子をアクセントとしている。1階は開口部に鋼製のサッシが入れられ、腰壁は石調になっている。

            

それから

       

東口の寺井戸跡と札の辻地蔵尊

       

岡井邸(八尾きらり第33号)
主屋は片入母屋・平入。大塀造の町家形式。隣地も含めて西側正面から望む、土蔵と塀の板張りが連なる外観が久宝寺寺内町の歴史的景観と調和している。
久宝寺寺内町の東端にあって、近代和風建築の典型で戦前の建築とみられるが、土蔵を含めたコンパクトな前面の外観は寺内町の歴史的景観に寄与している。

            

北へ、今口

   

今口地蔵尊と長宗我部物見の松など

              

もう少し北へ

    


正埜邸

        

大水路沿いに南へ

       

八尾きらり第40号(大水路長屋)
初期寺内町の環濠跡と考えられている南北の大水路沿いの道路に面し、久宝寺寺内町を東西に走る通称馬追町通りと交差する北東角地に位置する。3戸の長屋となっており、それぞれ大水路に通路橋を架ける。切妻造・桟瓦葺き。正面には下屋がつき、裏手には増築部分や庭が続く。外壁は金属製の折板やトタンでサイディングされている。

   

冨山庭(八尾きらり第3号)
総つし2階の主屋は、敷地いっぱいに南面して建つ。桁行7.5間(1間=6.5尺)、梁行3.5間、正面背面半間庇付き。屋根は切妻・平入・瓦葺。特に建ちが低いのが特徴。
主屋正面の外観は、居室全面だけでなくシモミセ前面にも設けられた出格子が軽快な雰囲気を醸し、農家タイプと相違する商家の伝統的な意匠を持つ。

     

馬追町通りから表町通り

               

平井邸

         

その向かいの長屋

     

再び、大水路に出て、火の見櫓

                 

表町通りを西へ

             

安産地蔵尊と念佛寺

             

八尾市まちなみセンター

                

少し北西へ、米屋町通り

  

八尾きらり第7号(太田邸)
棟高や階高は低いが、上屋軒高は高く、つし2階の壁面が大きい。壁には枠付きのむしこ窓を3口開き、両妻脇に袖壁を設ける。下屋では庇支柱を立て腕木で支えた土庇風とし、庇支柱を取り込んで2室いっぱいに出格子を作る。腰に板壁を張るが、その他は上・下屋とも大壁造とし、軒先や細部を漆喰で塗りこむ。

      

少し西へ行くと、古口地蔵尊

     

一筋南の馬追町通りへ、西の端が太田邸と思ったら、間違っていた。

            

八尾きらり第8号(太田邸)
主屋は2階建て・平入り・瓦葺の建物である。伝統的町屋の形態ではなく、総二階(本二階)の比較的新しいものと思われる。主屋の南側には板壁で瓦葺の長屋門がある。主屋は塀に囲まれた敷地の内側にあり、全体を確認することはできないが、屋根が確認できる。

         

二筋南の表町通りへ

   

瀬口邸

       

東へ

      

木村邸

           

気持ちのいい路地を南へ

        

八尾きらり第5号(髙田邸)
主屋は、切妻造・平入・瓦葺。桁行6間、梁間3間のつし2階建上屋に、正・背面に下屋庇、西側面に落棟を付ける。正面外観は1階に出格子が設けられている。
つし2階には小さくむしこ窓を1口開け、両妻側に袖壁を設ける大壁造。玄関脇には舟板壁が使われている。米蔵は、切妻造・瓦葺き、桁行9.5m梁間5.8mの土蔵造平屋建で、西面に奥行2.9mの蔵前を付ける。

高田家住宅主屋 江戸/1830-1867/1926-1988改修
木造平屋建、瓦葺、建築面積151㎡、塀付
旧久宝寺村の街路に北面して建つ。切妻造平入桟瓦葺。桁行6間梁間3間のつし2階建上屋に、正・背面に下屋庇、西側面に落棟を付ける。正面外観は1階に出格子を設け、つし2階は小さく虫籠窓を開ける大壁造とし、寺内町の落ち着いた町並み景観をつくる。
(文化遺産オンライン)

          

高田家住宅米蔵 大正/1912-1925
土蔵造平屋建、瓦葺一部金属板葺、建築面積88㎡
主屋の東南方、側道に面して南北棟で建つ。切妻造桟瓦葺、桁行9.5m梁間5.8mの土蔵造平屋建で、西面に奥行2.9mの蔵前を付ける。内部は桁行中央で南北2室に分け、両室とも蔵前に扉口、背面に窓を開ける。床は板敷で、小屋をトラス組とする。
(文化遺産オンライン)

     

先刻の路地を南へ、浅野邸より先に山田邸へ

        

八尾きらり第34号(山田邸)
つし2階に比べて2階部分が高くなっており、2階の窓は木枠にガラス窓がはめられている。明治後期から昭和初期に多い総2階町家のタイプである。壁の下端に塗られた漆喰の白いラインや袖壁の装飾が端正な印象を与えている。久宝寺寺内町の西南端にあって、総二階で戦前の建築とみられるが、その外観は寺内町の歴史的景観に寄与している。

           

その向かいの田中邸

    

先刻の路地を出たところに戻る。

        

八尾きらり第6号(浅野邸)
主屋は桁行7間(1間=6.5尺)、梁行5間、つし2階、屋根切妻造・平入、瓦葺の建物である。
主屋外観は、階高の低いつし2階で、軒は腕木で小天井付きの出桁を受け、大疎垂木を配し、壁には小さな枠付きのむしこ窓を3口開き、両妻側に袖壁を付ける。下屋庇を除くほかはすべて木部を漆喰で塗りこめた大壁造。また、表座敷とクチノマの出格子は出を違えて変化を持たせている。

浅野家住宅主屋 江戸/1830-1867
木造平屋建、瓦葺、建築面積134㎡
街路に北面して建つ。桁行7間梁行5間のつし2階建で,屋根は切妻造,本瓦葺とし,表に桟瓦葺の庇がつく。平入で桁行の半分が土間とし,四間取の居室をもつ農家系の平面である。正面は大戸廻りを改修したほかは1階出格子と2階虫籠窓等が良好に遺存する。
(文化遺産オンライン)

            

浅野家住宅乾蔵 江戸/1830-1867
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積19㎡
主屋の西,敷地の北西角に位置する桁行2間梁間2間規模の土蔵造2階建である。屋根は切妻造,本瓦葺とする。外壁は白漆喰塗で,腰を縦羽目板張としている。東面に戸口を設けて片引の土戸を建て込み,2階南面に窓を開く。北面の門と塀は近年の改修である。
(文化遺産オンライン)

        

顕証寺の本堂の屋根が見える。お寺沿いに南へ戻る。

        

西口地蔵尊

    

帰途

             


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