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埼玉県さいたま市岩槻区 岩槻人形博物館

Doll Museum,Iwatsuki,Saitama City,Saitama

 
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Mar.5,2026 柚原君子

さいたま市岩槻人形博物館

所在地;埼玉県さいたま市岩槻区本町6 -1 -1
岩槻人形は国の伝統的工芸品

開館日が2020年2月22日とまだ新しい博物館である。日本初の人形専門公立博物館は人形の町岩槻ならではのこと。日本文化の中に息づく人形の美と歴史を大観し広く発信していくミュージアムを目指す。(館長挨拶より)

人形の町岩槻は江戸時代に雛祭りが行事として広がり、鴻巣や越谷など、武州(現在の埼玉県を含む地域)の村々でも人形作りが始まった。大正時代以降に本格的な産地となる。人形の町岩槻、といわれるが人形の種類は多様で三月のお雛様、5月の武者人形、舞踏人形、尾山人形、浮世人形、童人形、御所人形、歌舞伎人形、市松人形、木目込人形など様々な種類の人形の製造を行っている。
一つの生産地で多様な人形製造が手掛けられる点は、岩槻以外の生産地と比べても珍しい。

岩槻に何故人形文化が生まれたのかは諸説ある。
1,日光東照宮の造営修築にあたった工匠が住みつき、桐の生産地、適した水と上質の糊ができるから。
2,京都の仏師が病で岩付にとどまり、人形の頭を作った。
3、京都の人形師が伝承させた。
4、人形作りの先地である鴻巣宿の職人が移住してきた。
などなど。

さいたま市では
人形師によって裃雛が考案されて世に知られ岩槻藩の財政を補うため、また技術の流失を防ぐために、藩の専売品となって発展したとの説を根拠としている。岩槻には、明治初期に20軒ほどの頭師がいたといわれており、その多くはかつての岩槻藩士の関係者だったを説から。

人形博物館は清潔な広い空間に、きちんとした説明がついて雛たちが並んでいる。

江戸時代の立雛人形。雛人形はこういう立ち姿から始まったそうだ。躍動感を感じさせる江戸時代の鼓打(つづみうち)の「衣装人形」の雛。18世紀後半に江戸で生まれた「古今雛(こきんびな)」。豪華な衣裳をまとい、表情は今の雛ほどではないが、時代の美をよくとらえている気もする。顔・頭部分の製作の解説もきっちりとあり、朴(ホオノキ)などの木材で原型を彫り、松脂や硫黄で凹型の釜を作る。そこに生麩糊を入れて練った桐粉(きりこ)を詰め、頭の生地を抜いてゆくという工程も明記されている。岩槻周辺は桐箪笥などの工芸品の産地でもあり、その副産物だった桐粉を材料として人形作りが始まったということもあるそうだ。
見得を切る武田人形の眼鏡のするどさ、顔面の歌舞伎役者模様、回す独楽を頭とした独楽人形、いつまで見ていても飽きない人形群だった。

                                                                                           

 

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