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埼玉県さいたま市岩槻区 酒蔵資料館

Sakagurashiryokan,Iwatsuki,Saitama City,Saitama

 
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Mar.5,2026 柚原君子

鈴木酒造 酒蔵資料館
所在地;さいたま市岩槻区本町4-8-2
創業;1871(明治4)年
名醸「万両」「瑞薫」「大手門」
私設「酒蔵資料館」を持つ。今ではあまり見ることができない貴重な道具類、歴史的資料など多数展示。雛も多数展示されている。

白い蔵と煙突を目指して、天神小路を進んでいくと、巨大な酒樽が目につく。巨大な樽の下側には万両の「両」の銘が見える。右側の倉庫のシャッターにも万両の文字。

建物正面は左右対比で気持ちが良い。正面上部に杉玉。まだ青い感じが残っている。杉玉は新酒ができましたよ、のお知らせの玉で江戸時代より始まったという。新酒ができた時は青い杉色だが、杉玉が段々に茶色になっていくとお酒も熟成されていくということを表現し、また醸造安全祈願も兼ねている。

鈴木酒造の創業者の鈴木芳兵衛氏は新潟県の出身。伊奈町で修業をしたあとに岩槻本宿の名主の土蔵を借りて明治4年に創業。15年後に現在地に。大正に入り建て増し。

2階の「酒蔵資料館」に入場料100円で入る。薄暗く広いのはもともとは屋根裏であったから。
屋根裏に昔からの酒造りの道具や生活に使っていたものを捨てずに置いてあり、それらをそのまま展示して資料館にという経緯らしい。
酒造りの道具や樽は、酒が造られていく工程の順番に道具も並べられていき、見ながら歩んでいくと、酒になる米の気持ちにもなれる。
道具はいろいろな資料館を見学するが、ここはかなり豊富。特にきれいに展示してあるわけではないが、それがまた、年代を経た色になっていて見ごたえがある。お雛様が大きな桶に渡された板の上に連なっている。
目を引いたのは浮世絵。写真パネルであるが、豊原国周(とよはらくにちか)の奉納額。幕末から明治時代に活躍した浮世絵師。年譜と照らし合わせると「1880年(明治13年)秋、草津で湯治。その帰り岩槻で成田山奉納額を描く」と。当時の鈴木酒造での酒造りを描いたものです、現当主の言。

以下当主がインタビューされている文言より抜粋。

◆第五番「米洗いの部」
この絵は明治14年当時における鈴木酒造の酒造りの様子を描いたものでこの絵に描かれているのは米洗いの部分です。 酒造りにおける米洗いの方法は手洗い、足洗い、および機械洗いの三種があり、現在ではほとんどが機械洗いですが、この絵の当時、米洗いの機械はまだ開発されておらず、足洗いが主流となっていました。

当時の足洗い法とは、白米およそ18kgを洗い桶に入れ、同量の水を注ぎ両足で研磨するという方法で、最初は70回の足踏みを行い、次に50回、終わりに 30回足踏みして、各時に水を交換し、都合150回の足踏みと3回の換水をするやり方(七五三)がありました。冬の寒い時期の米洗いはたいへんな作業でした。

◆第十六番 「出荷の部」
この絵は明治14年当時における鈴木酒造の清酒の出荷風景です。まだ米俵に酒米が残っているところをみると2月ごろの風景と推測できます。荷出しは荷車と馬で荷車には樽が裸のまま四個積んであります。恐らく近い場所への出荷と思われます。当時の人々にも銘酒「万両」は愛飲されており、この出荷風景にも「万両」の銘柄を見ることができます。

また、昔、実際に使っていたもので、酒造りの工程や様子がわかるように展示しました。暮らしの中で使用していた電話機やミシンなども全て、うちで使っていたものです。
初代の芳兵衛が当時、温泉旅行先のお土産にした塗り物・陶器の調度品やそこで出会った画家に書いてもらった日本画・掛け軸なども展示していますのでご覧になってください。

とインタビューは続いていた。




天井の梁に吊り下げられた、吊るし雛、大きな酒樽の奥に雛段があり、また桶や桝などの名称も大きな釣り札が下がっていて見やすく堪能できる。もちろん一階にはお酒の店舗になっているが、資料館ともども来客はあまりなく、静かにいろいろ回覧することができる。

外に出て、すぐ右側に神社。天神神社。城下町で武士の信じる天神様も多いと言われている。

                                                                                           

 

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