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滋賀県愛荘町 大隴神社

Dairoujinja,Aisho town,Shiga

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藤居本家見学の際には立寄りのこと
Nature
 
Water
 
Flower
 
Culture
 
Facility
 
Food
 


Jan.2011 撮影/文:中山辰夫

愛荘町愛知川1170

祭神:伊邪那美命 配祀神:建速須佐之男命 大山咋命 大物主命

祭礼:4月15日近江鉄道愛知川駅下車、琵琶湖川へ国道8号線を横切り約1kmほどの所にある。

江戸時代操業の造利酒屋「藤居本家」が道路を挟んで斜め向かいにある。また、酒屋の倉庫とは横並びである。古くは大領「だいりょうj神社と呼ばれていた。大領というのは古代郡衙(古代の郡役所)の長官(郡司)のことで、同神社は古代愛知郡の郡司との関係が深かったと伝えられる。

境内は約2万㎡と広く、普段はひっそりとした神社だが、毎年4月に行なわれる春祭りは大変な賑わいである。

境内にご神木の大きなスギの木がある。

拝殿・本殿以外に、幣殿・渡廊・神輿庫・社器庫。手水社・社務所がある。 創祀の年代は明らかでないが、古くは白山権現と称した。淳和天皇の皇子恒貞親王当地に住せられ大隴長者と尊称した。

長者当社を篤く崇敬し、神殿、楼門を建立されたと伝えられている。神社附近に御園、大門、蔵の町等長者縁りの地名が残っている。

鎌倉時代には近江守護職佐々木氏篤く崇敬し神田、神馬、太刀等を奉納し、又京極氏は神供を献じ、土豪中村掃部、彦根藩の武将も篤く崇敬した。

往古例祭は3月己の日に八社の御輿が数日に亘って渡御する大祭礼であったが、愛知川の大洪水で祭組が南北に分離するに至った。

天正年間の兵火で社殿・古文書・社宝などを消失したが、正保慶安年間(1644〜1653)に本殿を再建し、明治11年(1878)には拝殿を、同14年(1881)には幣殿、渡廊、社務所等を建立した。

平成2年(1990)11月30日未明、平成天皇即位の大嘗祭に反対するゲリラによって本殿と幣殿が放火されて消失したが、その後6年の歳月をかけて本殿・幣殿・透垣が再建された。拝殿

入母屋造 間口三間 奥行三間

中門・幣殿

本殿

三間社流造、間口三間三尺 奥行三間

神木・大杉

拝殿のすぐ西隣にある。樹齢数百年とされるスギの先端は落雷によりなくなっているがまだまだ元気である。

昭和10年(1935)頃に石の柵が、昭和58年(1983)に「御神木」の碑が寄進された。

この御神木は幹が西の方向へ傾いている。おまけに、樹皮の割れ目のたて縞が一回りほど右回りに捻じれている。

樹高:28m 幹周り:4.8m 樹齢:300年(推定)

祭礼

5月5日 春祭り

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