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滋賀県近江八幡市 新宮神社

Azuchi Shingujinja, Shiga


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Dec. 2009 撮影: 中山辰夫

蒲生郡安土町

主祭神:速玉男神(はやたまおのみこと)・事解之男神(ことほぎのみこと)当神社は往古より早玉神社として速玉之男神・事解之男神二柱の御神霊を祀り朝野の崇敬篤く社領千町田に及んだとされる。

社伝に寄れば、75代崇徳天皇の御代天承元年(1131)近家十二代豊浦冠者行実(ゆきざね)なる人が紀伊熊野本宮より伊弉冊の大神を勧請したとされるが確証はないとのこと。

又同年、白川法王の皇女仁子女王外宮が豊受大神に水田二十町三反を御寄進遊ばれ、伊勢より天照皇大神を勧請併祀し社名を新宮大社と改め祭礼を三月五日と定められた。

日本書紀神代巻に次の通り伝えられている。

「伊弉冊尊火の神を生み給時に火傷をして神去り給うた。そこで紀伊国熊野の有馬村に葬り申し上げた。

この国の土俗(むらびと)、この神の魂を祭るには花の季節には花を供え飾って祭り又鼓や笛を鳴らし幡や旗を飾って歌い舞う」とあり、この古事を祭の基源とする。

これにより当神社の祭礼は、旧暦三月五日に行われ、八幡神社・活津彦根神社・出雲神社・石部神社の四社と当社との合同祭にし安土城築城以後は経三尺の締太鼓を背から前に下げ鐘にあわせながら踊るようになったといわれる。

時勢の変遷に伴い、現在は新暦四月五日を中心として近い日曜に執行される。

豊浦祭りの伝統の主たる規約は今でも受け継がれている。確かなところでは、安土町正禅寺所蔵の大般若経に、応永14年(1403)に(豊浦新宮大社)に経典を奉納したことが記されており、城下町以前から存在していたことがわかる。

江戸時代の絵図には(東村宮)として描かれている。社蔵の絹本著色十六善神像は県指定文化財、本殿・拝殿が安土町指定文化財となっている。

拝殿

町指定文化財

正面三間(11.36m)、側面五間(7.82m)、入母屋造、

茅葺の材料に葭(よし)の素材を使った美しい土間形式の拝殿です。

側面、背面に比べ正面の柱間を広く取ることや、床を張らず土間であることは、古くから祭礼に関わって伝えられてきた建物の形式であることと思われます。

特に拝殿が土間形式であることは、当神社の他町内では上豊浦、下豊浦の神社に限られ、また県内でも珍しいものです。

建立年代は、明らかでありませんが、全体の様子から江戸時代後期であると考えられます。《安土町教育委員会掲示板》

新宮神社大宮社(おおみやしゃ)

町指定文化財

この建物は、当神社の本殿です。

三間社流造、桁行三間(4.15m)、梁間2間、一間の向拝付(3.93m)

建立年代は棟札(正徳2年(1712銘)と様式、手法が一致することから江戸時代中期の正徳2年に建てられたと認められます。

向拝の手狭等部分的様相を示す部材が残ります。

平成11年(1999)の修理で桧皮葺から銅板葺に改められましたが、建立年代が明らかで意匠がまとまった安定感のある前室付三間社流造(さんげんしゃながれづくり)として価値の高い建物です。《安土町教育委員会掲示板》

聖 社(境内社)

絹本著色釈迦十六善神像(けんぼんちゃくしょくじゅうろくぜんしんぞう)

県指定文化財:

釈迦十六善神像は、大般若教会の本尊画像として法会の際に懸けられるもので、鎌倉時代以降に広く流布した坐像である。

この画像はもと、下豊浦(しもといら)の東家(ひがしけ 豊浦冠者)に伝わっていたものが新宮神社に寄贈された縦133.1cm横65.2cmのもので、当時非常に高価であった群青(ぐんじょう)が多用された優品である。

製作は室町時代中期と考えられ、この絵と対になる般若経は同じ東町の正禅寺にあり、康暦元年(1378)の開版刊記のものである。

参考資料:《安土町教育委員会掲示板・滋賀県教育委員会資料》

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