JAPAN GEOGRAPHIC

滋賀県東近江市 超光寺 

Chokoji, Higashiomi city,Shiga
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July 2010 撮影: 中山辰夫

東近江市能登川南須田浄土真宗

本尊:阿弥陀如来JR琵琶湖線の線路と繖山に挟まれてある伊庭御殿跡を繖山沿いに進むと、途中、望湖神社、繖峰三(さんぽうさん)神社がある。

繖峰三神社は比高さ約170mの山腹面を神輿が駆け下る「伊庭の坂下ろし祭」がここで行なわれる。その祭りにかかわったとされる安楽寺もすぐ近くにある。

繖峰三神社をすぎて街道(朝鮮人街道)を進むと北須田の集落に入る。さらに街道を進むと南須田の集落になる。

その手前に「従是南摠見寺領」と刻まれた石碑が建つ。

ここから南の南須田は、かつて安土山内のある摠見寺の領地であったことを示す。本来の石碑は破損したため、新たにつくった石碑が建っている。 ここから数十mすすむと右手に超光寺の表門があらわれる。 超光寺は、寺伝によれば17世紀後期頃は真宗道場で、享保5年(1720)に木仏、寺号を許され、現在は浄土真宗本願寺はに属する。

近世の須田村は摠見寺領で、江戸時代後期から末期の間に、摠見寺の助力を得て寺観を整えたとされる。表門

県指定文化財

四脚門、切妻造、本瓦葺 附:文書2冊 桃山時代の作もと安土城内にあった摠見寺の裏門で、嘉永7年(1854)の火災の際に消失を免れ、明治13年(1880)に超光寺へ移築されている。

表門は桃山時代の建立と考えられるが、建築年代は今一つ定かではない。

摠見寺の文書や境内の発掘調査から天正年間の安土城築城と同時に開基された頃か、あるいは慶長になって豊臣秀吉が整備した時のいずれかと考えられる。四脚門の本柱は円柱とし、その上部には梁行に肘木、桁行に冠木を納め、頭貫をまわし、さらに本柱と面取角柱の控柱を腰貫、腰長押を入れて固め。

軒は二軒疎垂木で小舞打ち、八女は切妻造、本瓦葺きである。建具は両開き板扉を冠木および藁座に吊り込む。垂木の強い反り増し、控柱の面の大きさ等に古式な技法が見られる。

この表門は移築されてはいるが、摠見寺、さらには安土城の歴史を知る上からも数少ない遺構として貴重である。

鐘楼

昭和55年新築 梵鐘にいわれあり

本殿

彫刻がいい

寺宝樹「長寿のいぶき」

鬼瓦・他

お花

  法華塔(ほっけとう)超光寺を過ぎて直進すると大きな道路に突き当たる。安土山との境の北腰越に至るが、その手前い建つ。

文政5年(1822)に建立された。

摠見寺の僧が一石に一字ずつ書き写した法華経を埋めた経塚の石塔である。 参考資料《近江城郭探訪、滋賀県の地理、その他》

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