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滋賀県東近江市 大浜神社

Ohamajinja,Higashiomi city,Shiga
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Dec.17,2017 中山辰夫

東近江市能登川伊庭

伊庭集落の東の入口、字芝桜に鎮座。旧伊庭庄地区の産土神。伊庭の坂下し(滋賀県選択無形民俗文化財)でしられる。

春祭の坂下しの起源は未詳であるが、伊庭山中腹の繖峰三神社の鳥居まで担ぎ上げ、駆下り、麓で待つ大浜・望湖の二神とともに大浜神社に遷座するもの。

勧請吊

   

大浜神社の前の道路を縦断して吊らえている。年末新規に取替えられる。

祭神:須佐之男神 古くは牛頭天王社・祇園天王社とも称された。鎌倉時代には、佐々木六角の支流の領主伊庭頼高が地主神として崇敬したことで歴代伊庭氏が庇護し社運も隆盛した。

戦国時代に入ると安土城の鬼門鎮護の鎮守社として崇敬され、1594(文禄3)年に現在地に遷座し、江戸時代も領主である三枝土佐守が庇護した。

社殿は石鳥居〜拝殿〜幣殿〜本殿の順に並ぶ。

石鳥居

   

拝殿

           

入母屋造 間口二間三尺 奥行二間三尺 格格子の天井に風格が漂う

狛犬

    

 近江商人の寄進。石材が大理石であるため脆さが見られ対策が求められる。県内で一番チャーミングな狛犬。年代が刻まれてある。

幣殿〜本殿

                

三間社流造 間口一間三尺 奥行二間三尺 

棟札から1471(文明3)年伊庭貞隆の関与による造営と分かる。 1594年、1608年に徳永寿昌が願主となって手が入っている。

境内社

愛宕神社 天満宮神社 道祖神社 五位田神社 百大夫神社 稲荷神社

愛宕社・他2社

    

仁王堂 (滋賀県指定重要文化財)

大浜神社境内につながって建っており、社殿の左側に位置する。

   

桁行五間梁間五間の入母屋造、茅葺の建物で鎌倉期の建造と見られ、元仏堂とされる。現在は神輿を納めるのに利用されている。

        

層厚な茅葺

     

柱とその周り

           

柱は面取りしたものを含め、諸々の柱が混ざっている。鎌倉時代、ここにあった幾多の仏堂の主要部材を利用して建てられ、改修されて現在に至っている。

説明板によると、「仁王堂は柱間寸法が完数であること、柱間の造営尺が現尺より短いこと、垂木割が六枝掛になっていないことなど技法的に古式な要素がみられ、鎌倉時代前後の建立と推定される」とある。

その他の部分

                 

伊庭庄内には宮座組織がみられ、浜村座・森村座・中村座・新村座の四座があり、明治期まで存続していた。浜村座、森村座・中村座・新村座の4座で構成された。そのうち浜村座は当社に属し、大浜座とも称した。

春祭の坂下りの神事は、三宮の神輿を伊庭山中腹の繖峰三神社の鳥居まで担ぎ上げて、大浜神社まで遷座するもので、岩場をものともせずに引き下ろす様は勇壮で、負傷者も出るといわれる。5月4日が坂下し、5日が本祭である。

坂下し

    

「智恵の文殊堂」

道路を隔てた反対側に建つ。「中村文殊堂」とも称され、お堂の中の小祠には、役小角が彫ったと伝わる智恵文殊大菩薩が安置されているといわれる。

     

参考資料≪滋賀県の地名・他≫

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