滋賀県東近江市 乎加神社
Okajinja,Higashiomi city,Shiga
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May. 2010 撮影: 中山辰夫
東近江市神郷町字森9祭神:豊遠迦比売命 (配祀) 白山比売大きな森の中にあって静かな神域をたもっている。周りは幅広な川が流れている。
本殿の北側に3世紀頃前方後方墳である神郷亀塚古墳があり、古くはその祭祀場であったと思われる。
この神社との深い関りを想像させる。さらに、“神郷”という地元名が何か厳かである。乎加神社は、神崎・長勝寺・佐生・佐野鍛冶屋村を氏子とし、古代「神主郷(かむぬすのごう)」と呼ばれた郷村の中心となる信仰の地である。神崎郡の古代名は「神前郡(かんざきぐん)」で、郡名のルーツもこの神社にあったともいわれる。境内には、本殿・弊社・拝殿・祝詞殿・手水舎・神輿舎・社務所が並ぶ。いずれも国登録有形文化財である。
境内社は日吉神社 若宮神社 五社神社 八阪神社 若宮神社である。
社歴によると、神代に五穀蚕麻の原種を民衆に授けた神として崇敬されていた。
允恭天皇の皇妃衣通姫の祈願奉請によって鎮祭されたものと伝えられ、延喜式小社に列している。
天智天皇より神領を賜はり嵯峨天皇は神宮寺を建てられ社寺領三百石を賜ったという。
江戸時代には太田氏の崇敬篤く、社殿造営のことがあった。大正5年県社に加列する。神宮寺は長勝禅寺である。手水舎(ちょうずしゃ)登録有形文化財:基準 国土の歴史的景観に寄与している。
構造:木造平屋建、銅板葺、建築面積7.7㎡
建築:明治後期境内の入口付近に位置する桁行2間、梁間1間規模、入母屋造の手水舎。
柱はやや内転びとし、木鼻付紅梁形頭貫、蟇股、菱格子欄間など各種の装飾を備える。
小規模であるが本格的な形式を備え、近代社殿建築の特徴を示す建物である。
社務所
拝殿登録有形文化財:基準 国土の歴史的景観に寄与している。
構造:木造平屋建、銅板葺、建築面積56㎡
建築:明治後期幣殿の正面に建つ桁行3間、梁間3間の社殿。この地域によく見られる床を設けない構成で、天井は折り上げ格天井とする。
屋根は檜皮葺に銅板を被せる入母屋造で、軒は2軒とする。
豪壮な土間建ちの拝殿であり、社殿景観上欠くことができない。
幣殿登録有形文化財:基準 造形の規範となっているもの。
構造:木造平屋建、銅板葺、建築面積56㎡
建築:明治23年(1890)本殿・祝詞殿の前面に位置する桁行7間、梁間2間、入母屋造の社殿で、正面に唐破風屋根の拝所を設ける。
中央3間は一段高い切妻屋根とし、両脇は入母屋造とする。
建ちの高い本殿と対置される建築で、荘厳な外観が特徴の近代神社建築の好例である。
玉垣(たまがき)登録有形文化財:基準 国土の歴史的景観に寄与している。
構造:木造、銅板葺、延長52m
建築:明治25年(1892)幣殿の両脇から左右に若干延びて、本殿、祝詞殿を囲む。延長52mで、石垣を築いた上に木造で塀を廻らし、屋根は銅板葺とする。
内側には控柱を設け、各柱間には菱格子を嵌めている。
本殿等同時期の建設と伝えられ、本殿廻りの内外を画す構造物である。
祝詞殿(のりとでん) 登録有形文化財:基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの。
構造:木造平屋建、銅板葺、建築面積9.6㎡
建築:明治23年(1890)本殿と幣殿とを繋ぐ桁行2間、梁間1間、切妻造の社殿。
幣殿に合わせて床を高く張り、内法長押上の小壁には菱格欄間を入れ開放的な造りとする。
本殿と同時期の建設と伝えられ、社殿構成上欠くことのできない建物であ
本殿登録有形文化財:基準 造形の規範となっているもの
構造:木造平屋建、銅板葺、建築面積20㎡
建築:明治初期、明治25年(1892)移築桁行3間、梁間2間、独立棟持柱を有する神明造の社殿。屋根は檜皮葺とし、棟に千木と堅魚木7本を載せる。
四周に縁を廻らし、正面以外は板壁とする。
明治22年(1889)の伊勢神宮遷宮に際し、別宮を譲利受け、25年に当地に移築したものと伝えられる。
神輿舎
境内社彫刻が素晴らしい彫刻が施されている。
参考資料《国指定文化財等データーベース、滋賀県の地理、近江神崎郡志、他》
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