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滋賀県彦根市 千代神社

Chiyojinja,Hikone city,Shiga

 
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彦根市京町2丁目9-33 千代神社本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永15(1638) 三間社流造、檜皮葺 19490218


Nov.2011 中山辰夫

彦根市京町2−9−33 祭神:天宇受賣命(あめのうずめのみこと) 

本殿=国重要文化財多賀神社の末社であった千代神社は、井伊家の信仰で栄え、貞享(1684〜1704)頃が盛況を呈した。

祭神は天照大神が隠れられた天に岩戸の前で舞を舞った天宇受賣命で、古来より芸能の神として敬われ、今も芸能関係者の

人々が訪れ、芸の上達を祈願してゆく。旧社地をセメント工場に提供し、古沢町姫袋から元大橋氏の屋敷の現在地に遷座した。昭和41年5月に竣成、現在に至っている。表参道と裏参道に鳥居が建つ。

鳥居を過ぎるとすぐ2境内である。

かなり大きな社務所がある。その屋根の瓦の流れが複雑に見える。

手水舎

拝殿

入母屋造 千鳥破風軒 唐破風付 間口三間 奥行三間拝殿

幣殿への参拝路部 一段高くなっている。

幣殿と内部の一部部分 幣殿と本殿の間に浜床だある。

本殿

国重要文化財

三間社流造 間口二間 奥行二間三尺 三間社流造 桧皮葺

桃山末期から江戸初期の構造物として国重要文化財に指定される。松林越えに見る本殿・社殿

境内社(摂社・末社)

笠木稲荷神社 秋葉山神社 天満宮

由緒

創祀年代は不詳であるが、社伝によると、孝元天皇の皇女、倭迹迹姫の降誕により勧請、履仲天皇の御宇再建したといわれている。

天正十三年、石田三成が佐和山城を築くに当り、姫袋の地より彦根山麓の尾末の地に移したが、慶長六年、彦根城藩主井伊直政が

徳川家康の命により、彦根城を築くに当り、旧社地の古沢町姫袋の地に復祀した。

爾来藩主井伊家歴代の崇敬篤く、造営修復が行われた。

もと「千代之宮」と称したのを明治二年「千代神社」と改めた。明治九年郷社、同十六年県社になる。井伊家との関係

井伊家と特に親密な関係にあった多賀大社が元禄11年(1698)に修築された際、千代神社も改築したが、時の藩主直治は神前の

玉垣・石壇・石垣を寄贈した。また、直興は彦根に住んでいる時の正月・五月・9月には必ず参拝した。享保7年(1722)には直惟も

祈願しており、「御城下繁盛万々歳の御守護神也」というのもあながち拡張のことばでもなかったとされる。

 


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