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滋賀県彦根市 河原町芹町地区

Kawaramachi and Serimachi,Hikone city,Shiga

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December 18 and 25, 2021  野崎順次 source movie(Dec.18)  source movie(Dec.25)

滋賀県彦根市
河原町芹町地区

重要伝統的建造物群保存地区

河原町芹町のまちなみは、城下町の開発が中心部から縁辺部におよび、在来の通りに沿って展開したもので、通りも自然地形に沿うように屈曲しています。この屈曲が城下町中心部の直線道路によって整然と計画的に区画された景観とは異なったまちなみを形成しており、現在も往時の町割りを良く留めています。また、表通りには約18本の小路が取りついています。小路は、表通りと十字路を形成することはなく、いずれもT字路で、表通りに対して突当りの景観を形成しています。このような地割の上に、伝統的な町家が多く残り、その他には寺、銀行、理髪店、医院などの多様な建物があり、一体となったまちなみ景観を構成されています。
表通りに向かいあって建つ町家は、つし2階や高2階の町家が連担し、伝統的なまちなみの風情を良く残しています。これらの町家は間口に対して奥行が深い敷地に、表通りに面して1階部分の壁面を半間ほど前面に出して下屋庇を設けた主屋と、この背面に庭を設け土蔵を配置しています。
土蔵は敷地の奥に建てられているため、表通りから見ることはできませんが、小路などからは見ることができます。また、場所によって不整形な敷地があり、敷地に合わせて建てられている建造物の様子を見ることができます。つし2階の町家は、袖壁の残る家が多く、連担した屋根と庇で構成する水平方向の軒下空間を垂直方向に分節されています。さらに、緩やかに曲がる通りに沿ってつし2階の町家が並び、落ち着いた歴史的なまちなみ景観を醸成しています。
保存地区内には伝統的建築物の他に、洋風の意匠を持つ近代建築物もあり、これらは、伝統的建造物の棟高を大きく逸脱せずに、まちなみ景観の構成するひとつの要素となっています。
(パンフレットより)

パンフレット
       


旧芹新町、保存地区の東の端から西に向う。
     


国登文 旧石橋家住宅東主屋 明治/1898~1912
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積282㎡
通りに南面し、前面に二階建の表屋を構え、玄関と中庭を介して住居部を建てる。表屋は前面に出格子をたてて東端を土間とする。住居部は東寄りに土間を通し、居室は整型四間取で後方に風呂等を張出す。県内で数少ない表屋造形式の大型町家で造作も上質である。
     

国登文 旧石橋家住宅中主屋 明治/1868~1882
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積185㎡
東主屋と西主屋の間に棟を揃えて建つ。木造平屋一部二階建、切妻造桟瓦葺で、二階を漆喰塗込とし袖うだつをあげる。西寄りに幅広の土間を通し、背後に広い台所を設ける。床上部は二列六室を並べ、前面に出格子をたて、駒寄せで囲む。風格ある構えをもつ町家。
  

国登文 旧石橋家住宅西主屋 江戸/1830~1868
木造平屋建、瓦葺、建築面積75㎡
中主屋の西側に接続する。建ちの低い外観のつし二階建で、軒裏まで中塗で塗込め、中央に虫籠窓を穿つ。屋根は切妻造桟瓦葺で、西端に袖うだつを設ける。内部は中央に通土間をのばし、左右に居室を一列ずつ並べる。近世の彦根城下の佇まいを伝える町家である。
 


それから
   

国登文 森家住宅主屋 江戸/1830~1868
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積66㎡
通りに南面するつし二階建の町家で、正面を黒漆喰で塗込めて虫籠窓を穿ち、両袖に漆喰で縁取りした袖うだつを設け、軒先やけらばも漆喰仕上げとする。内部は東に土間玄関を配し、居室部は手前からミセノマなどを並べる。丁寧なつくりになる彦根城下の町家。
(25日撮影)
        

出格子の並ぶ落ち着いた街並みが続く。
                      

幹線道路を横切る。
      


旧安清町
                          


大雲寺と妙源寺が向かい合っている。
       


旧上川原町あたり
              


国登文 宇水理髪館店舗 昭和前/1936
木造2階建、滋瓦葺、建築面積46㎡
通りに南面して建ち、桁行4.5m梁間10m、木造二階建、切妻造桟瓦葺である。正面のアーチ頂部にバリカン形をあしらい、左右にアカンサス模様を飾る。町家形式を踏襲しつつ正面を洋風意匠でまとめており、町並みのアクセントとなっている。
(25日撮影)
       


鎧を飾る店が増えてきた。雪が激しくなってきた。
    

大村煙草店の広いガレージで雪宿り。三脚で周囲を撮影した。
        


国登文 高﨑家住宅主屋(旧川原町郵便局舎) 昭和前/1934
木造平屋一部2階建、瓦葺、建築面積84㎡
通りに北面して建ち、桁行12m梁間7.7m、木造一部二階建、寄棟造妻入、桟瓦葺である。正面はタイル貼とし、上部をコーニス風にモルタルで仕上げ、出入口にペディメントを飾る。近世町家の正面を洋風化した一例で、町並に変化を与える。
(一部25日撮影)
        


少し歩くと、旧川原町
          


国登文 滋賀中央信用金庫銀座支店店舗 大正/1918
木造2階建、スレート葺、建築面積54㎡
市街地の交差点に建ち、木造二階建、建築面積54㎡、寄棟造スレート葺である。交差点側を隅切りして腰折れ破風を載せ、左右に切妻破風を並べる。外壁は二階分の柱形と縦長窓を配するなど、瀟洒な外観で街角のアイストップとして親しまれる。
          


信用金庫までが保存地区で、その前(西)は久左の辻
   


参考資料
文化遺産オンライン


May 2020  酒井英樹


河原町芹町地区伝統的建造物群保存地区
  滋賀県彦根市


 彦根市河原町芹地区伝統的建造物群保存地区は、彦根藩城下町の南東隅部、芹川北岸に形成された町人地区部分、東西470m、南北620m、面積約5haの範囲である。
 彦根城の外堀沿いの高宮口御門から中山道と交差し、東方の農村部及び山間部に繋がる往来に面した街並みで、地区中央部に東に妙源寺、西に大雲寺がある。
 北端の河原町は元和4年(1618)以前には成立し、南端の善利新町も寛永18年(1641)には町立されたと伝える。
 17世紀末期の本地区の職種は、生活消費財の小売りが多く、中でもたばこ屋が数多くを占めたが、幕末期には様々な職種がみられるようになった。
 
 整然と町割された城下町において、保存地区では、幅2間程度の街路が緩やかにS字カーブを描き、この両脇に短冊状の敷地を並べる。
 これは、城下町の建設にあたって、芹川の流路を付け替えた痕跡を示すものと考えられている。
 江戸時代の資料では、敷地の間口は4間前後が多く、奥行は河原町、袋町、安清町は12~14間、善利新町のみ奥行が浅く8間としている。
 ただし、善利新町は幕末から明治期にかけて、敷地背面の拡張が行われていて、街路が湾曲しているため、不整合になる敷地や、敷地境が街路に直交していない敷地もみられる。
 これらの湾曲した街路や、不整形な敷地等、17世紀に成立した地割をよく残している。

 敷地前面には主屋を置く。
 主屋は、2階建、切妻造、瓦葺を基本とし、角地では入母屋造とする。
 2階は、つし2階とするものが多く、屋根背面を低く葺き下ろす。
 大正頃に建築されたものでも、中2階のものがあり、本2階建が普及するのは比較的時代が降りる。
 間取りは、片側を土間とし、1列もしくは2列に部屋を並べ、古い形式を残すものでは、ミセの間の土間境側の建具を雨戸仕舞とする。
 2列の場合は、土間境の部屋の幅を1間と狭くし、ミセの間の2階には部屋を設けるが、その奥の部屋の上部土間境には間仕切りを設けずに、土間の吹き抜け空間を一体として、柴置等に活用された。
 このような構成は中山道沿いの近隣の宿場町でも見られる。

 正面1階の柱筋を2階より半間前に出した下屋形式とするのが主流で、一部、1階と2階の壁面を揃えて腕木で庇屋根をつけるものもある。
 明治以前のものでは、2階は壁、軒裏ともに塗り込めるものが多く、時代が下がるにつれて真壁造が増える。
 2階の両側に袖うだつをもつものと、持たないものが混在し、本うだつを上げるものが1例ある。
 2階の軒は、大壁造、真壁造のいずれの場合でも出桁造とするものが多い。

 敷地の背面には土蔵が配され、土蔵の腰板には舟板を使用するものもみられ、地域色を示す。

 地区西部では、明治以降に地区北端の久左の辻周辺が商業の中心となったため、その時期に建設された銀行等の近代建築や、町屋の表構えを洋風に改造したものが残り、近代に栄えた商業地の様相を伝えている。
 その一方で、地区東端の芹町では、江戸時代のものがよく残っている。

 江戸時代に形成された城下町において、芹川の付け替えによる特徴ある町割をよく伝えるとともに、街路に沿って江戸時代から昭和戦前期にかけて建てられた町家等がよく残り、商家町として歴史的風情をよく示していることから平成28年(2016)に重要伝統的建造物群保存地区に指定された。 
                                                                                                                      


Mar.12,2017 瀧山幸伸 source movie

 彦根市は滋賀県の北東部、琵琶湖東岸に位置する。保存地区は、旧の城下町の南東隅に形成されたかつての町人地である。城下町と中山道、さらには東方の農村部及び山間部を結ぶ芹川北岸の往来に沿った町並みで、北から江戸時代の河原町、袋町、安清町、善利新町にあたる。

 彦根の城下町は、元和期(1615〜1624)に三重の堀を巡らす城下の骨格が定まり、寛永期(1624〜1644)にかけて城下町も整備されるが、河原町は元和4年(1618)以前、南端の善利新町も寛永18年(1641)には成立したとされる。

 保存地区は、ゆるやかにS字を描く幅二間程度の往来に沿った約780メートルの範囲である。所々に不整形の敷地を見せながら、短冊形に割られた敷地が並び、芹川の流路を付け替えて城下町を整備した名残を、現在の地割りによく残す。

 この往来に沿って、切妻造、瓦葺、二階建とする伝統的な町家が建ち並ぶ。二階をつし二階として虫籠窓を備えるものが多く、袖うだつを設けるものもある。片側を土間とし、部屋を一列もしくは二列に並べる間取りが大半で、二列の場合には土間側の一列を幅一間とするのが特徴である。

 敷地に合わせて不整形に建てる町家や、近代以降も商業地として栄えた様相を伝える銀行等の近代建築、表構えを洋風に改造した町家等が、町並みに変化を与えている。

 彦根市河原町芹町地区伝統的建造物群保存地区は、江戸時代前期に河川を付け替えて形成された城下町の特徴ある地割りを良く伝えるとともに、街路に沿って江戸時代から昭和戦前期にかけて建てられた町家等を良く残し、商家町としての歴史的風致を良く伝えている。

(文化財データベース)

線路際の南から北向きに彦根城方面へ歩く

    

                                                                                                            


Feb.2,2017 中山辰夫

彦根市河原町芹町地区

彦根市瓦1〜3町目と芹町の各一部

2016(平成28)年、「彦根市河原町芹町地区」が重要伝統的建造物群(重伝建)保存地区に選定された

滋賀県内の重伝建地区は1991年に「近江八幡市八幡」、97年に「大津市坂本」、98年に「東近江市五個荘金堂」が選ばれている

雪が積もった画像が含まれます。1月23〜24日、彦根に60年ぶりの積雪67cm、着雪40cmの大雪が降りました。2月2日にまだ残っていた。

保存地区の地図

   

彦根市河原町芹町地区伝統的建造物群保存地区は、彦根城の城下町の南東隅に形成されたかつての商業地.

城下町と中山道、東方の農村部および山間部を結ぶ芹川の往来に沿った町並みで、北から江戸時代の旧川原町、袋町、安清町、善利新町にあたる

保存地区は、ゆるやかにS字を描く幅二間(約3.6メートル)程度の道路に沿った約780メートルの範囲で約5ha

この道路に沿って、切妻造・桟瓦葺・平入り・2階建、中2階形式・庇・出格子と虫籠窓、袖うだつを設けたものもある伝統的な町家が建ち並ぶ

また、敷地に合わせて不整形に建てた町家が多くある。屈曲した表通りや表通りからつながる小道は江戸期のままである

地区の中心は銀座町の交差点「久佐の辻」を起点に、旧河原町からゆるやかにS字を描いて南東の旧善利新町へ延びる街路で、「花しょうぶ通り」と称される

   

まちなみ景観

              

地区内には現在約180棟の建物があるとされ、その内100棟超が「伝統的建物」として特定可能とされ、江戸から昭和までの建築年代の建物が混在している。

現在は、近代以降も商業地として栄えた様相を伝える銀行等の近代建築、表構えを洋風に改造した町家等が混在する

この地区の構造物保存対策の調査資料 (河原町・芦町 報告書より引用)

     

この地域の重伝建の指定は住民による軒並み保存努力の結実と称賛された。1998(平成10)年から住民主導のまちづくりが進められ、ファザード整備事業の全国第一号認定を受け、歴史的景観を基調とした町づくりが形成されてきた。商店の協力のもとに、街の外観を統一すべく格子窓、木製看板を構え、暖簾を掛けるなどの活動が第一歩であった

現在の町家・商店配置図

  

壁画完成(1999平成11年)

創業百余年を数える和菓子の「いと半老舗」、その側壁に描かれた壁画は世代を越えた街のシンボル。大学生や地元の人達が協同でペイントしたもの

    

LLPひこね「街の駅」 河原町三丁目にある

「街の駅」は人と情報が集まり散ずる街中プラットホームを目指して活動している

ひこね街の駅・寺子屋力石 2005(平成17)年開業

江戸時代の寺子屋が最初の街の駅となり、地域の拠点として活用されており、地域のランドマーク的存在。通りの出入口にあるモニュメント

    

ひこね街の駅「治部少丸」

  

もと栄履物店を改造 「戦国」をテーマとした商店街づくりに寄与 石田三成の資料を展示

ひこね街の駅「戦国丸」

  

昭和初期から2004(平成16)年銭湯を営業していた建物 切妻造・桟瓦葺・平入・間口5間・奥行4間ノツシ二階建の町家、2階軒は出桁造

戦國丸は戦国時代グッズの販売と、戦国イベント情報を発信 国内最大 1200アイテムの武将グッズの販売でフアンは全国に及ぶ

ひこね街の駅「逓信舎」 (高島家住宅主屋 旧河原町郵便局舎) 国登録有形文化財

  

江戸後期の町家を1934(昭和9)年、洋風の外観に改装した旧郵便局。2012(平成24)年より、第3の街の駅として地域情報の発信源である

江戸時代に建築された表具屋 1934(昭和9)年に改造された 木造2階建、桟瓦葺、切妻造の町家 郵便局舎への転用時に洋風の外観となった

高﨑家住宅主屋は、江戸期の特徴的な町家に郵便局の機能を付加した貴重な建物とされる

国登録有形文化財 花菖蒲通りに多数ある

滋賀中央信用金庫銀座支店(元明治銀行彦根支店) 芹町 1918(大正7)年築

  

交差点に面した角を斜めに切り取って正面としている 破風を散り付けた急勾配の複雑な屋根が美しい 大正時代の外観を残し、まち並み景観に重要である

宇水理髪店 芹町 1936(昭和11)築 バリカンをかたどった外観のデザイン、敷き詰めたタイルがハイカラ。

    

外観と店舗部分のインテリアは完全な洋風であるが平面系は町家形式 居住部分は和風 建築年は1936(昭和11)年 昭和初期の近代建築として貴重

森家主屋住宅 芹町

    

江戸時代末期の築 木医との製造・販売をした商家 半格子、虫籠窓、袖壁が美しい 垂木は塗り籠め 袖壁は意匠的にも秀品

旧石橋家主屋住宅 芹町

        

芹町の中央にある 江戸から明治にかけての築 小樽での醤油醸造業で財を成した商家 3軒続きの大規模な町家 入母屋造、桟瓦葺、平入、間口7間半、奥行2間の表野に玄関棟・住居棟が接続する表屋造 西主屋・中主屋(雪対策)・東主屋 他に蔵・塀も指定対象 元彦根市長宅

秋口家住宅 芹町

  

洋館 1917(大正5)年築 神戸の異人館の建物を理想として建てられた。歯科医院 外側の側面は下見板張 寄棟造、桟瓦葺

寺院

妙源院 河原町

    

名源寺は1592(文禄元)年の創建 山門は一間一戸薬医門、桟瓦葺で佐和山城からの移築 妻飾りに華やかな彫刻がある

祖師堂は桁行19.58m、梁行5.80m、入母屋造、妻入、桟瓦葺 向拝付 彦根藩集井伊直貞の寄進 内部の格天井は色鮮やかな絵入り

大雲寺 河原町

  

河原町一丁目〜三丁目で目についた町家 主に商業地域である

江戸末期に料理屋、1880(明治13)年から旅館

  

200年を越える糀屋(こうじや)や和ろうそく屋「蝋基商店」 明治の終り頃、彦根には50軒以上のろうそく工房があり「彦根ろうそく」と呼ばれた

    

2戸一体の長屋建築 昭和12〜13年頃の建立

  

出口酒店と小路の景観 江戸期の築 鋭角に入る組んだ路地に区切られた、不正形の土地に建つ 隣の白壁の土蔵との小路の景観

    

1717(享保2)年創業の布屋 屋号は「布市」 苗字帯刀を許されていた 1872(明治5)年から酒屋 店舗兼の主屋は切妻造、桟瓦葺、平入、2階建

     

しょうぶ屋 

江戸時代末期の町屋を改装した戦国グッズ専門店 所有者の祖父の代に購入し、当地にて100年余り商売(米→肥料→食用油→石油)を行ってきた

        

外観は切妻造、桟瓦葺、平入利であり、間口6間、奥行6間半のツシ二階形式の町家 敷地の北・西の2面が通りに接している 浮彫り模様の袖壁が付く

芦町で目に付いた町家 主に住居地域である

河原町とは広く拡幅された市道が境界である 森家住宅・旧石橋家住宅・秋口家住宅以外にも多くの町家が並び、最もまちなみみの残りの良い所

ツシ二階の町家が連坦し、緩やかに曲がる通りの屈曲部にもツシ二階の町家が並ぶ。

            

敷地奥の秋口家住宅の洋館が町並み景観を締めくくるように建っている

 

昨年6月の「重伝建」指定にも関わらず、彦根市の目立った動きはない。看板表示が出た程度である。河原町はどちらかといえば商業中心の地域、芹町は100%住居地域で、まちまみに温度差がある。

共通する課題は、空家の増加、駐車場への変更などによる歯抜け現象である。次世代へのバトンタッチが保存のカギと思われる。

 

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