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滋賀県日野町 比都佐神社

Hitsusajinja,Hino town,Shiga
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蒲生郡日野町十禅師410 比都佐神社宝篋印塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 嘉元2(1304) 石造宝篋印塔 嘉元二年甲辰十二月二日の刻銘がある 19300523


Sep.2012 大野木康夫 source movie

2012.9.2撮影 

 

 参道

  

境内

 

宝篋印塔(重要文化財)嘉元2(1304)年建造の石造宝篋印塔


May .2010 撮影/文:中山辰夫

蒲生郡日野町十禅師440 祭神:日子火々出見尊 天津日子火瓊々杵尊 木花開耶姫尊 武甕槌神 天太玉命 大己貴神 経津主神 天兒屋根神 猿田彦神近江鉄道日野駅の南東約1km。神社は広くて、深い森の中に鎮座している。

 

日野町村井にある綿向(わたむき)神社同様に古社であり、弥生時代からすでに開けていたという。

比都佐神社は「延喜式神名帳」に掲載された式内社に比定されている由緒ある神社である。

周辺の地域は必佐郷と呼ばれ、比都佐神社はその総社であった。

なお後で日吉七社の十禅師社領となったことから、十禅師之宮とも呼ばれた。

日吉の勢力の保護により隆昌をした。加うるに蒲生家始め武家豪族の尊信を得て必佐郷の総社として栄えて来た。

現在残されている「御官請取日記」によると、応安4年(1371)社殿を造営後150年を経た、文明18年(1483)に再建、江戸時代に入り享保2年(1717)と、文化5年(1808)の両年に社殿を造営、しかし明治17年(1884)社殿焼失、現在の社殿は明治19年(1886)の再建である。拝殿

入母屋造 間口三間 奥行三間

中門—幣殿

本殿

入母屋造 身舎三間×三間 向拝一間付 屋根は銅板葺 軒唐破風

石造宝篋印塔(ほうきょういんとう)

国重要文化財拝殿の西方にあり、木立を背景に基壇上に東面して建つが、基壇は地中に埋まりつまびらかでない。

傘の上に乗る小形五輪塔の空風輪(宝珠。請花が一石彫成されたもの)は後補である。

石材は米石で、相輪を欠く。欠失部を除く現高さは175.2cmで、完全であれば総高275cmの九尺塔と推定される。

規模が大きいこと、銘文が多いことがあげられる。

格挟間(ごうざま)内に2羽の孔雀が向かい合っており、塔身は四方に蓮花上の円輪、その中に各梵字(ぼんじ)が彫られている。

笠の下が2段、上が7段の段型を彫り、全体的に美しく仕上げられている。

ホイノボリの祭り

県無形民俗文化財指定毎年4月14日に祭礼が行なわれる。

佐神社では、個人が奉納する「色ノボリ」と村から奉納される「総ノボリ」の二種類のホイノボリがある。

この総ノボリの先端には「ダシ」が飾られており、ホイノボリのおおよその由来を知る上で手がかりになる。

ホイノボリが風流の練り物を起源とすることを物語っている。

氏子である大字十禅師と大字猫田が輪番で「渡り番」となり、ホイノボリを奉納し、御旅所まで御渡りをする。

御渡所は日野川の河川敷であttが、現在は行動307号線沿いに移設された。

(写真は日野ホイノボリ調査報告書「日野町教育委員会」より引用)

参考資料《近江蒲生郡志、近江日野の歴史、日野のホイノボリ調査報告書、他》

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