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滋賀県甲賀市水口 飯道寺

Handoji,Koka city,Shiga


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 仏像三体に見応えがある
Nature
 
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Flower
 
Culture
 
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Food
 


Nov.2010 撮影: 中山辰夫

甲賀市水口町三大寺1019

天台宗

本尊:不動明王

山岳信仰で有名な寺で、もとは飯道山上にあったが、維新後は廃寺となった。

これを惜しみ明治25年(1892)に宝灯を引継いだ。笈渡しなどの行事も珍しく行われた。

日吉神社と戸なり合わせである。文化財収蔵庫には、国指定文化財である三仏像が安置されている。

所在する三大寺は、牛飼村の北方に位置し、東を杣川が北西に流れ、南は飯道山に続く山地。緩やかな傾斜地に幾つかの集落が形成されている。三大寺の名は飯道寺・薬王寺(やくおう)・道徳寺の三古寺に因むと伝える。この集落の西方より飯道山への参道がある。

本堂以外に、不動堂・行者会館、文化財収蔵庫・などが建つ。

延宝7年(1679)の三大寺検地帳にある普賢院宝持寺が当寺の前身とされ、のち本覚寺に改称された。「本覚寺」は同じ字の「常福寺」と合併し、その本尊三体(国指定文化財)を本覚寺に移した。

明治25年(1892)、廃仏毀釈で廃寺となった「飯道寺 和銅元年(708)役行者が飯道山上に開祖した」の法灯を引継ぎ、「飯道寺」と寺号を改めた。

本堂

不動堂

文化財収蔵庫

木造阿弥陀如来像

国重要文化財

木造十一面観音立像

国重要文化財

木造地蔵菩薩立像

国重要文化財

その他

絹本著色両界曼荼羅図

市指定文化財

大般若経(600巻 江戸時代)とともに寺宝である。

笈渡し祭 毎年11月3日

起源は明らかでないが、和銅元年(748)に飯道山に山上に飯道寺が建立され、つづいて山腹に道徳寺が、さらに山麓に薬王寺が建てられて、三大寺と呼ばれた。

平安中期には役行者(えんのぎょうじゃ)の修験道が山岳仏教として盛んになり、真言・天台流派の先達を務めたという。

その後、彼らは笈(おい 行者が背中に背負う箱)の中に役行者の遺品を入れ、大峯山、熊野の山々に入山したという。

当時、この地に五院があって、ここで笈を引継いだといわれる。

明治に入ると飯道寺に引継がれ、行なわれて、それが儀式化した。

毎年11月3日午後一時、飯道寺にて僧侶の読経があった後、ホラ貝を吹く修験者を先頭に円光寺に向かう。ここで笈渡式(おいとしき)があり、その後再び飯道寺に帰る。境内では採灯護摩が焚かれ邪気が祓われる。

また、大峯山系で修行を終えた山伏が飯道山に帰山して、次の当番院にカギを引継ぐ儀式と伝えられる。往時、飯道寺山伏の勢力を語る名残であろう。

名所図会

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