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滋賀県甲賀市 旧水口町

Minakuchi, Koka city,Shiga

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Nov.2010 撮影: 中山辰夫

旧水口町

概要甲賀市水口町

市の中央に位置する。東は土山町、南は甲賀町・甲南町・信楽町、西は甲西町、北は東近江市日野町・蒲生町・野洲市竜王町に接している。

町の中ほどを東西に野洲川が流れ、西端で杣川が合流する。北から東にかけては水口丘陵・佐山丘陵が広がり、南部は飯道山をはじめとする信楽山地。集落は野洲川・杣川によって形成された沖積地と丘陵内の小盆地内に分布。川沿いの地域は早くから耕地が開かれ、町西半には条理の痕跡もうかがわれる。

中世は山中氏に代表される土豪が多数割拠し、中世城館も多い。

天正13年(1585)羽柴秀吉は古城山に水口岡山城を築き、土豪らの支配を排し家臣中村一真に甲賀郡と蒲生郡の一部を領知させた。

慶長5年(1600)関が原戦で岡山水口城が落城し幕府領となった。

寛永11年(1634)将軍家光上洛の時の御茶屋御殿(休泊用御殿)として平城、水口城が築かれ、天和2年(1682)加藤氏が入部して水口藩が成立し、明治維新まで同藩の居城となる。

慶長6年(1601)東海道が整備され、町域を東西に貫通した。このとき水口が宿駅に指定され、その後、郡内最大町場に発展した。

明治天皇が京都から東京へ行幸の際には、藩主の「加藤明朝」が先導・奉迎し、水口の行在所(あんざいしょ)である本陣鵜飼喜内の屋敷で昼食・休憩、夜は土山本陣で一泊された。

明治22年(1889)の町村制施行により5村が成立。同年27年水口町となった。

寺院は奈良時代の創建で、のち天台宗に転じたとの寺伝をもつものが多い。平安ー鎌倉期の仏像も多数伝えられる。

浮世絵に見る東海道・水口 「北斎・広重らと行く夢回廊」より引用

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