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滋賀県甲賀市 水口神社

Minakuchijinja,Koka city,Shiga


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Sep.2010 撮影: 中山辰夫

甲賀市水口町宮の前3-14

祭神:大水口宿弥命(オオミナクチスクネノミコト)

祭礼:4月20日

近江鉄道水口城南駅から歩いて約5分の所にある。途中に水口歴史民俗資料館が図書館と併設されている。

平安時代の延喜式に記録されている式内の旧社で、水口開発の祖神「大水口宿禰命」が祀られている。

江戸時代に水口宿の繁栄と共に社殿が整備され、藩主加藤氏の保護を受けて「大宮さん」と呼び親しまれ、信仰を集めてきた。

寛文の頃(1661〜73)雨乞の返礼として練物などの風流が行なわれた。これが曳山祭へとつながっていった。

4月20日に例大祭の「水口曳山祭」が行なわれる。

境内は広く、すがすがしい感じである。檜皮葺の拝殿・本殿も壮麗である。

拝殿・本殿以外に、中門・参集伝・社務所がある。

社伝によれば御祭神の大水口宿祢命は饒速日の命六世出石心大臣の御子で、出石心大臣の命の御母は淡海川枯姫である。

淡海川枯姫は川枯首阿目加伎?命四世の孫阿自夷沙比止命の後であって川枯神社に祀る。大水口宿祢命は母方の縁に依り此の地に居住されたものと思われる。

土地の開拓の神として人々の崇敬が篤い。当社は延喜式内の旧社であって神明帳にある甲賀郡八座の一つである。

本社の境内は往古は東西三十町南北二十五町を所有していたが永禄年間にその大半を官没され、天正年間に至り社領を失ない、わずかに五六間四方を残したという。

寛文三年六月代官小堀仁右衛門が水口へ赴任の時郷民に命じて再建させ、明年五月に至って竣工した。

元禄十年拝殿の補修、正徳二年六月下野国壬生城主の加藤和泉守嘉矩が水口へ入城、本社の荒廃を嘆じて町民に造営をさせ、享保十四年九月遷宮を行ない、同十九年修復を加える。

延宝の頃よりの旱魃の時雨乞祭を行なう。その時藩主の参拝又は代参があった。

明治元年九月聖上、御東幸の時勅使を差遣せられる。明治二十七年六月十四日境内を拡張し社殿の造営に着手し、同三十年四月竣工、これが現在の社殿である。

石橋

社務所、斎館

拝殿

入母屋造 間口三間 奥行三間

中門・幣殿

本殿

一間社流造 間口二間 奥行二間境内社

その他

境内社

石塔籠

本殿右側前方に建つ花崗岩製の六角石塔籠である。

火袋に蓮華、日輪、青鎖、火口を設け、三茎蓮の近江式装飾文を刻出している。

基礎は素面ながら、竿中央に連珠文帯を儲け、下部には康永元年(1342)4月20日の造立銘がみられる。

木造女神像

国指定重要文化財

木造、22.2cm、一木造、作者伝来不明。

垂髪で両手を袖に入れて前に拱いた半身像で彩色を施す。素朴で豊満な姿に藤原期(10世紀から13世紀)神像の特色を示す。

例大祭

この神社の例大祭は「水口曳山祭」で4月20日に開催される。

「曳山祭」は江戸時代中期、享保年間(1716〜35)に町民の力で創り出された祭礼で、町の繁栄と心意気を示すものである。

4月19日「宵宮祭」で各町内曳山に提灯を付け飾りつけ、「宵宮ばやし」を奏でて祭り気分を盛り上げる。

4月20日の「例大祭」は各町内を出発した「曳山」と「纏田楽」(まといでんがく)が、お旅所の「弟殿」と呼ばれる所に集まり曳山には「ダシ」を飾りつけ水口神社へ渡御が行なわれる。

午後神事が終了すると、夕刻に曳山は提灯を灯し各町内に戻っていく「宵山(帰り山)」が行なわれ、華やかに幕を閉じる。

参考資料《滋賀県の地名、甲賀市史、甲賀をひもとく、他》

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