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滋賀県甲賀市 龍福寺

Ryufukuji, Koka city,Shiga


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Aug.2010 撮影: 中山辰夫

甲賀市甲賀町滝

天台宗

本尊:薬師如来坐像「国重文」

甲賀駅の南約1kmのところにあり。“滝の薬師”の呼び名で親しまれている。

屋根をまるくした本尊を祀る御堂建つ。

平安時代初期に比叡山延暦寺の根本中堂建立に必要な用材調達のためにこの地を訪れた最澄が、悪疫に苦しむ人々の平癒を祈願して薬師如来を祀ったのが始まりと伝える。

嘉元3年(1305)多喜土佐守が諸堂を修営したがのちに焼失。長禄2年(1458)多喜氏一族の由旭が中興。

明治に入って字上出にあって廃れていた元龍寺の本尊と字尾崎にあって廃れていた観音寺の仏像を移した。

境内地は約1500㎡、堂宇は長禄2年(1458)の造立という本堂をはじめ、庫裏・鐘楼・浴場などを備える。

国重要文化財である本尊の薬師如来坐像は12世紀の作とされる。

薬祖神農尊

幕末渡辺太助が農間余業に売薬を始め、慶応元年(1865)渡辺詮吾が美作国へ配置売薬を行なった。現在、その顕彰碑が境内に建つ。

甲賀の薬業者が信仰している「神農さん」が、ここ龍福寺の境内に祭られている。

昭和8年(1933)売薬業の発展を願って建てられ、毎年11月20日に祭典が行なわれる。大阪道修町の神農社にならって張子の虎をつけた笹が配られる。

木造薬師如来坐像

国指定重要文化財

像高:150cm、寄木造、彫眼、漆箔、

面相は豊満で肉付きがよく、左手に薬壷を持つ。右手は施無畏印を結び結跏趺坐している。

面貌や衣紋線は整然として穏やかで、檪野寺の丈六薬師堂と同一形式のもので、平安時代の作とされる。

エトエト

毎年1月16日に行なわれる。

満二才になる子をもつ父親「勤処 つとめど」は、上・下の組に分かれ、頭屋「とうや・こどもの生まれた順番であたる」に集まって「エト。エト」と囃しながら棒杵(ぼうきね)で餅を搗(つ)く。2才の子どもを背負った母親が手籠の中に豆腐一丁、その上に味噌を載せて続く。さらにその後にはお飾りの餅を桶にいれて担ぐ二人、大きな竹の笹につけた餅花を担ぐ者が続く。

その後龍福寺に集まり、堂内に餅などの供え物を飾りつける。住職が祈祷した後、来年の父親「請処 うけど」が頭屋から餅を受取り来年まで保管し、翌年の餅搗きの際に、これを搗き混ぜる。

特筆すべきは、ここで子どもの生まれた頭屋が搗いた小餅を食べると子が授かるとして、多くの参詣者が訪れる。

このオコナイに込められた子孫繁栄の願いの深さがわかる。

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