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滋賀県湖南市 園養寺

Onyoji,Konan city,Shiga
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July 16,2017 中山辰夫

滋賀県湖南市三雲11

園養寺のある三雲は、石山寺の増改築に関わる正倉院文書に、三雲山・三雲川津・三雲橋・三雲寺が記載されている。石山寺造営の用材として甲賀山作所が加工・採集した木材や檜皮が三雲川津まで運ばれ、野洲川を下り、石山津に回漕された。

一帯は古くから野洲川を渡る渡しが設けられ、また支流杣川(そまかわ)沿いに伊賀に達する杣街道の分岐点という交通の要衝の地であった。

野洲川と横田の渡しの常夜燈

   

野洲川、旧東海道、JR草津線が平行に走り、JRの踏切越しに園養寺の参道がはじまる。

    

園養寺 

宗派:天台宗真盛派 創建:伝 延暦年間(782〜806) 開基:伝 最澄:本尊:大日如来坐像・十一面観音菩薩坐像 牛馬の守護寺として知られる

寺伝には、往時は日光の直末寺で二百石を賜ったという。また、かつては山内に多くの堂舎を誇ったが、1808(文化5)年に道乙という僧が焼身をとげ、類焼により山内の多くを失なったという。

境内をめざす 参道は石段が続き山門に至る

    

境内

    

本堂

                  

本堂は木々に囲まれている。桁行三間 梁間三間 寄棟 一間向拝付 桟瓦葺 向拝貫の彫刻は牛と馬

牛堂−臥牛の像

    

最澄が延暦寺の造営にあたり用材の調達を三雲の地に求め、牛車を用いて難業したことで、大日如来は、古くから牛の守護で知られ、近在の信仰を集めた。

とりわけ毎年正月の日には「近郷村の農家参詣せざるもの殆ど無し」というほどのありさまだった。この寺を「牛の寺」と呼ぶ由縁である。

役行者の石造が祀られている行者堂、宝篋印塔、灯籠がある

     

芭蕉の句碑

 

やや離れた高台に立つ鐘楼

  

昔日は見晴が良好。眼下には野洲川が見渡せた。交通の要衝にあるため見守りの役目も負っていたといわれる。

    

寺宝「絹本著色両界曼荼羅図」は室町時代の優品とされる

 

園養寺山古墳群

烏ケ岳の中腹から山麓にかけて分布。酒人山古墳群と通称される。幾筋もの丘陵屋根上に築造された群集墳である。総数は134基を下らないとされ、現在129基が確認されている。いずれも径十数m前後の円墳で、横穴式石室である。かなり大規模な集落が存在したとされ、被葬者集団としては甲賀臣が推定される。

        

鐘楼近くにも見受けられる。それらしい山盛りが確認された。

参考資料≪近江西国三十三所≫

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