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滋賀県甲良町 甲良豊後守宗廣記念館

Kora Bungonokami Munehiro museum,Kora town,Shiga

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Nov.2010 撮影/文:中山辰夫

犬上郡甲良町法養寺501 甲良豊後守宗廣は甲良町法養寺の有力な名工・甲良家に生まれた。30才の時、初めて幕府工事の棟梁に召し出されて以来、業績が評価されて日光東照宮「寛永の大造替」の大棟梁となった。

宗廣が大棟梁までに抜擢されるにおいては、天海僧正と藤堂高虎の力が大きく関っていた。

東照宮は元和3年(1617)、亡き徳川家康を祀るために同郷の藤堂高虎が作事奉行となり造営され、寛永13年(1636)に宗廣が作事方大棟梁に任命されて、今日の豪華絢爛な社殿群に生まれ変わった。

その他、芝増上寺・江戸城天主造営・鶴岡八幡宮の建立・江戸寛永寺五重塔など、多くの実績を残した。日光東照宮の大造替には、同郷の藤堂高虎が作事奉行に当たっていた。

甲良豊後守宗廣記念館は、宗廣公の偉業をたたえ、その功績を後世に伝承するために建てられた。

展示棟は江戸時代末期に建てられた旧家を利用して整備された。

館内には、甲良家に関する資料や宗廣公直筆の掛け軸や大工道具(復元)が展示されている。

唯念寺「豊郷町 既報」の瓦銘文

唯念寺は奈良時代に創建された古い歴史を持つ寺院である。戦国期、斉藤道三の兵火で焼かれた。江戸期に入って寛永16年(1634)に再建された。宗廣は、この再建に当たって棟梁として功を尽くした。その後、寺の規模が小さいため文政7年(1824)から改築に着工し

た。その時の瓦である。

宗廣は晩年、唯念寺で安心立命仏道修行の静かな余生を送ったとされる。

日光東照宮図面(原本は国宝である)

図面が残っていることは非常に珍しいとされる。

甲良家実績

日光東照宮に見る蟇股

屋敷内の欄間

宗廣彫刻像

宗廣は唯念寺で静かな余生を送ったとされる。それを物語るような、自分自身の肖像彫刻(木像)を残した。唯念寺の寺宝となっている。

彫刻像は法体の姿で阿弥陀如来に向かって静かに合掌されている姿である。

木像は総高:約43.6cm、その頭、耳の大きさが宗廣の人並み優れた明晰な頭脳の持ち主であったことを表し、目もとの穏やかさ、引き締まった口もとに如何にも意思の強かった人柄であったことをこの像は伝えている。

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