滋賀県草津市 三大神社
Kusatsu Sandaijinja,Kusastu city,Shiga
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May 4,2017 大野木康夫 source movie
三大神社の砂摺藤
草津市志那町
三大神社は665(天智4)年に創建とされる古社。その境内に立派な藤が咲く。
古い伝承を有するフジで樹齢伝約420年ともいわれ、滋賀県自然記念物に指定され、市の天然記念物でもある。
この老フジは、山に自生し蔓が左巻きの「ヤマフジ」に対して、蔓が右巻きの「ノダフジ」であり、淡紫色の花穂が長く2m近くにもなるため「砂擦りの藤」と呼ばれ親しまれている。今年は蔓の伸びが例年に比べ短い。
このフジは一つの親株から数本の株が生じているが、古株には腐食部があり、1997(平成7)年に樹木医の指導を受けて治療が施された。その際に縁石や棚の拡張が実施され、再び美しい花をつけるようになった。
現在は、地元の人達で作る保存会が施肥・灌水の管理を行い、後継樹の育成に接ぎ木や「ひこばえ」の誘導も行っている。
毎年5月の連休頃はフジに圧倒されて、国重文の石灯籠(鎌倉時代の六角柱の)も影が薄い。
三大神社
草津市志那町309
三大神社は、JR草津駅の北約35km、浜街道から約500mの所にあって、志那街道と呼ばれる道を辿る。この道は志那港に通じている。
草津三港のひとつ志那港は、わが国仏教の根拠地、天台比叡山の門前町だった坂本への渡航地として、古代より要衝の地であった。
この志那港から隣の守山(市)への古道を志那街道と呼ぶ。
三大神社は条里集落の遺構地、吉田の中心にある。由緒書では、条里制に関係深い天智天皇の勅をうけて中臣金連が天智4年(665)風神二柱を祀った式内伊伎神社が三大神社である。
社殿については中世に破損したが修繕され、江戸初期承応年間(1625〜1655)に芦浦観音寺舜貞法人に再建された。
その後、300余年経過した社殿は、明治9年(1886)に浄財を集めて再建された。
昭和55年(1980)には屋根を銅板に葺き替えた。
本殿前に建つ「石燈籠」と「藤」で名が通っている。
この神社は、毎年4月下旬から5月上旬にかけて、穂が地面に擦れるほど長くなることから「砂擦りの藤」と呼ばれ、見事な古藤が開花する。
また、近郊の志那神社と惣社神社にも境内に藤があることから、三大神社とあわせて「志那三郷の藤」と呼ばれている。
最近は樹勢が弱まったと心配されており、地元の人たちが懸命に世話をされている。
拝殿、本殿以外に、中門・神輿庫・神饌所・手水舎・社務所が建つ。
境内社は2社
三間社流造、向拝一間、銅板葺
身舎・庇とも頭貫は用いずに組物は舟肘木のみとするなど印岐志呂神社に類似した構造となっている。
絵様繰形は頭貫木鼻を唯一とする簡素な建物である。
屋根は昭和55年(1980)に銅板葺に改められたが、もとの檜皮葺の軒付が残っている。
棟札によれば、印岐志呂神社と同様に観音寺の僧が建立したものと記されている。
国重要文化財;工芸品:指定1962・02・02
本殿前に設置されている。高さ225cmの六角型燈籠で、竿まで六角にしたのは珍しいという。
基礎は六角型で側面は輪郭をまき、内部に格狭間がある。
上部に反花を刻み、雄大で鎌倉様式をよく表している。
竿は六角で中央に三本、上下に一本の節を設け、二面に、正応4年3月日・・・・と陰刻されている。
中台は大部請花とし、大きな単弁で、火袋を支えている。
笠は六個の大きなわらび手を設け、上部の宝珠を乗せている。
保存状態も大変よく完全な遺品で、鎌倉時代を代表する石造美術とされる。
砂擦りの藤
県指定自然記念物・市指定天然記念物
毎年4月下旬から5月上旬にかけて、穂が地面に擦れるほど長くなることから「砂擦りの藤」と呼ばれる。
古藤の開花は見事である。
樹齢は400年ともいわれている。
また、近郊の志那神社と惣社神社にも境内に藤があることから、三大神社とあわせて「志那三郷の藤」と呼ばれている。
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