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滋賀県米原市 日撫神社

Hinadejinja,Maibara city,Shiga
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Nov.2011 中山辰夫

米原市顔戸77 祭神:少彦名命 應神天皇 息長宿禰坂田駅から東へ2kmほどの所に鎮座する式内社。

神功皇后の祖・息長氏の地。集落奥の山腹。杉木立の中にある

顔戸の集落の中に巨大な鳥居があり、そこから約300m家並みが続き、左に折れて境内に入る。

息長氏とかかわりの深い神社とされる。

社伝にも「息長宿禰(すくね)王および国土経営と医薬に功ありし少昆古名命(すくなひこな)を祀り」とある。

境内配置図

境内参道に入ると、正面に鳥居がある。両側に石灯籠が数多く並び、杉松などが生い茂る中を進む。

社務所、手水舎と進み石段を数段登ると拝殿の前に出る。山を背景にし、その山麓に鎮座している。

手水舎近辺に『黄牛(おぎゅう)塚』の案内石碑がある。これについては別に記載する。社務所上手に、古来より行われている相撲の土俵がある。

顔戸の北の隣村にある名超寺(なごしじ)へ密かに来た後鳥羽上皇を慰めるため、村人が力くらべの角力を披露した。

それが始まりで、800年近く前から伝わる相撲おどりが伝わっている。細部は後に記載する。

境内に力競石がある。元亀の昔、浅井家の遠藤喜右衛門と眞柄十郎左衛門の両力士が競った石とされる。

境内全景 樹木が多く、春や秋の景色の絶景が想像できる。

社屋は、拝殿、本殿の他に、神樂殿・神門・手水舎・祭器庫・渡殿回廊・社務所が並ぶ 拝殿

正面三間 側面二間 入母屋造 正背面軒唐破風付 桧皮葺 18世紀中頃

面取角柱 正背面中央紅梁型飛貫 平三斗 中備正面中央間組物 両脇間蟇股 二軒半垂木 妻飾紅梁大瓶束

中規模で四周に建具を入れている。内部は格天井を張る簡素な建物。

渡殿廻廊・中門・透塀

本殿

桁裄三間 梁間三間 入母屋造 千鳥破風付 向拝一間 向唐破風造 桧皮葺 享保8年(1723 棟札写)

身舎円柱 出組蛇腹支輪 中備蟇股 妻飾紅梁大瓶束 二軒繁垂木 向拝唐戸面取角柱 連三斗手挟 中備彫刻 

正面に千鳥破風、軒唐破風をつけた屋根は複雑。向拝では頭貫と桁の間を一面彫刻で生め、手挟は透し彫りをする。

方三間入母屋屋根で派手な意匠を用いる湖北の社殿の内では古い作例に属し、重要な遺構とされる。

社宝

地中から発見された「弘安6年(1283)」在銘の梵鐘

滋賀県指定文化財

「永禄9年(1566)」在名の薬師如来懸仏が三面残っている。黄牛塚と古墳

後鳥羽上皇がこの地を訪れた後鳥羽上皇が日撫神社に奉納された黄毛の牛を埋めた塚とされる。

後鳥羽上皇は鎌倉幕府打倒のため挙兵した承久の乱を直前に、長浜の南部をひそかに訪れたという伝説がある。

古墳は6世紀末から7世紀前半のもので、古代家族の家長とその家族たちとおもわれる。

資料 滋賀県教育委員会発行

相撲おどり

毎年9月15日の祭りには大関・関脇・小結の三役が神角力を奉納し、続いて地元の豆力士たちが子ども角力を行う。

中入りには、江戸末期に井伊家から拝領したと伝えられる紫や赤・朱・草色の豪華な化粧回しをつけた若者十八人が

登場、角力甚句にあわせて、掛け声と同時に土俵を踏みしめる角力おどりを披露する。

神社の由緒

大鳥居について

名鳶職人、林武右衛門により建てられた。材木商の子として生まれ、木材を楽に動かす方法に「ロクロし掛け」の機械を考案した。

普請や架橋などに必要な技術者を育てた。高い所の作業を得意とするため、全国各地から招かれ請け負った。

仙台藩の河川架橋、浅草の浅草寺、京都仏光寺の本堂なども彼らの手によるとされる。

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