滋賀県守山市 小津神社
Ozujinja,Moriyama city,Shiga
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守山市杉江町495 小津神社本殿 重文 近世以前/神社 室町後期 大永(1521-1527)頃 三間社流造、向拝一間、檜皮葺 19060414
September 9,2020 大野木康夫 source movie
拝殿
本殿
本殿
2012.9.8撮影
本殿(重要文化財)大永年間(1521-1527)頃の建築
三間社流造、向拝一間、檜皮葺
本殿細部
小津神社( おづじんじゃ )
守山市杉江町495
主祭神:宇迦之御魂命 例祭:五月五日JR守山駅の北西約4.3km、浜街道(昔の志那街道)に沿った大きな森を神域として建立されている。
この浜街道は草津市にも直結しており、芦浦観音寺から老杉神社、鞭崎神社など主要な殆どの寺院・仏閣がこの街道の沿線にある。
表参道、裏参道ともに浜街道に面している。表参道からは結構な距離を歩くことになる。
小津神社は、日本武尊の孫子津君がこの地を開拓して農耕に従事し、子子そのこころざしをついで農産の発展をはかり、のち祖神を祀ったのが現在の神社であると伝える。
宇迦之御魂命(うかのみたま)は豊受姫命で、食物の神である。穀倉地帯の神にふさわしい。
欽明天皇(540~571)の時代に社殿が流され神霊を湖中から迎えて祀ったという社記もある。
延喜式内社として庶民の信仰を集め、皇室、武門名将の崇敬も篤かった。
文応元年(1260)鎌倉幕府六波羅探題北条時茂は高島郡安曇川の網代を神供に供えるよう言いつけた。
また、建武2年(1335)足利尊氏は南北朝の騒乱の際に境内への兵馬の乱入を固く禁じたともいわれる。
応仁の乱で兵火に遭い、灰燼と帰した本殿を六角高頼が再興した。
ついで永正2年(1505)兵乱のため炎上した本殿を山門の僧実観明舜房が18ケ年の歳月をかけて再建した。
現在の本殿はこの時のものとのこと。
本殿、木造宇迦乃御魂命坐像が国重要文化財、長刀振踊りが国重要民俗文化財、三之宮本殿が市指定文化財である。
境内は約2万8000㎡と広く、老樹がうっそうと茂る中に、戦国時代に再建された優雅な本殿が建っている。
境内全体を包む空気は、幾多の事象を越えた格調高い重さを参拝する人々に伝えているように思えた。
拝殿、中門、本殿がつながっていた。中門の蛙股は手が込んでいた。本殿前は白砂で化粧されていた。
本殿は国重要文化財である。彫刻の宇迦乃御魂命坐像も国重要文化財である。
本殿、拝殿の他に、幣殿、中門、神饌所、神楽殿、保存庫、手水舎、社務所 境内社 8社・境外社10社
拝殿
間口三間四尺 奥行三間四尺 切妻造
中門
本 殿
1526 建築 室町時代
国重要文化財:建造物:指定1906・04・14
三間社流造、向拝一間、檜皮葺、切妻造、平入 本殿は、社記に大永6年(1526 )に本殿を改築したという記述がある。室町時代の様式をよく伝えるものとして貴重である
桁行(正面)三間(4.50m)梁間(側面)三間(4.55m)で、前から奥へ一間ずつ均一に前室、外陣、内陣と並んでいる。
内陣内の宮殿には重文の宇迦之御魂命が祀られている。
前室の正面には三間の菱格子戸、外陣の右側唯一出入口には板唐戸がはめられている。
その他の周り全部板壁である。柱は内陣・外陣が円柱、前室・向拝が面取りの方柱である。軒周りは二軒の繁垂木(蜜)、化粧屋根裏である。
妻には紅梁(こうりょう)を渡し、その上に豕扠首(いのこさす)を組み、下に柱の上に花肘木を置いている。
懸魚はすべて猪ノ目懸魚です。前室と向拝部分には趣向が凝らされていて優美です。
組物は出三斗、連三斗が用いられ、中備(なかそなえ)としては唐草透彫を施した蛙股がおかれ、向拝の軒には手挟が付けられている。
本殿正面には七段の階(きざはし)が架けられ、擬宝珠(ぎぼうしゃ)(木製)向欄が取り付けられている。
本殿の前横三方には廻縁があり、刎向欄(はねこうらん)が設けられている。
廻縁の左右突き当たりには脇障子が立っており、上に竹之節欄間が取り付けられている。基壇は亀腹である。
木造宇迦乃御魂命坐像
国重要文化財:彫刻:指定1909 04 05
像高:50.3cm 木造 彩色
小津神社の御神像として本殿に安置されている。
古来、神の姿は目に見えないもの、形に表せないものと信じられてきたが、仏教の隆盛と神仏習合の思想の高揚によって神像が造られるようになった。
この女神像はその代表的なものとされ、松尾神社、薬師寺に伝わる神像と共にわが国三神像の一つに挙げられる。
像高50cmの一木造りの彩色像で、下ふくれの顔、垂髪の頭上に蓮冠を飾り、たてた片膝に宝珠を持った左手を置く像容には仏教の影響がうかがわれるとされる。
国選択民俗文化財
毎年5月5日に神社境内及び、当番自治会内で太鼓踊りと長刀振り、稚児の行列などが繰り出され、賑やかに開催される。
長刀を手のひらでくるくる回す長刀踊りや花笠姿の踊り・笛・太鼓の音頭の行列が人々の目を楽しませる。
この例祭はその昔、水害で流された御神体を湖から迎え入れるという故事により、神輿が毎年当番の自治会から持ち込まれ、水利権の表現を含む農耕儀式の姿があるといわれる。
《参考資料:守山市史 守山の文化財 守山城物語 中山道より抜粋》
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