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滋賀県長浜市 慶雲館

Keiunkan,Nagahama city,Shiga

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May 1, 2021 野崎順次 source movie


国名勝

慶雲館は、明治20年(1887)1月に行われた明治天皇の京都行幸に際し、帰路における長浜での休憩所(行在所)として、近江地方の実業家であった浅見又蔵(1839?1900)が自らの私財を投じて造営した和風建築である。当初の慶雲館の敷地には見るべき庭園はなかったが、明治45年(1912)に息子の又次郎が行幸25周年を記念して敷地の本格的な整備事業を行い、現在見る庭園の原形が完成した。
慶雲館の庭園には、大きな起伏を伴う立体的な地形と巨石を用いた豪快な意匠のほか、芝生と枯池を前景として琵琶湖を眺望する遠近感に富んだ景観構成が見られる。昭和27年(1952)に始まった盆梅という造園に関わる独特の活動の場としても重要な意義を持った。
近代の作庭家として名高い小川治兵衛(植治)の流れを汲み、その息子である保太郎(白楊)が作庭に関わった可能性が高く、京都以外の地においてその作風の一端を現在に伝える庭園の事例として重要である。
(文化遺産オンラインより)

慶雲館の敷地は約6千平方メートル。建物は尾張産の総檜造り寄棟造。2階建で約500平方メートル。建設費は当時破格の1万円。当時の内閣総理大臣伊藤博文が「慶雲館」と命名したと伝わっています。2階には玉座が設けられ、琵琶湖と伊吹山が一望できるようになっており、当時の新聞はその景色を「美麗壮観同地に冠たるものなり」と記しています。
(長浜・米原を楽しむ観光情報サイトより)
        


前庭
表門から中門にいたるところまでの、平庭。高さ5メートルの巨石を用いた大灯籠や横綱像などを配置しています。
                         


玄関前庭
        


主庭
中央に深い涸池を配置するなど地形に大きな起伏をつけた立体的な構成の池泉回遊式庭園。築山・池泉・松と豪壮な巨石が調和した、見る人を圧倒する豪壮な意匠です。過去には、琵琶湖を眺望することができました。文化遺産オンライン(国指定文化財等データベース)とは異なり、慶雲館の説明では、作庭は七代目小川治兵衛(植治)の作庭とされています。
                                                          


2階から見た主庭
             


本館
木造二階建、総檜造りの寄棟造、書院風建築。桟瓦葺の大屋根。南面・西面は銅板葺の庇、玄関は純和風づくりです。館内には、小野湖山の漢詩掛け軸をはじめ、犬養毅元内閣総理大臣の書なども展示されており、庭を見ながら一休みできるスペースもあります。
                                  


本館2階
2階には両陛下をお迎えする為に「玉座の間」が設けられました。建設当時は東側には伊吹山、南西側には広大な琵琶湖が一望でき、2階からの眺望はすばらしいものでした。
             


参考資料
長浜・米原を楽しむ観光情報サイト


Nov.13.2017  中山辰夫

長浜市港町2−5

国指定名勝

最寄りはJR西日本琵琶湖線(北陸本線) 長浜駅から約徒歩5分。現存する駅舎では最古の長浜駅旧駅舎の前に建っている。

慶雲館は、1887(明治20)年1月に行われた明治天皇の京都行幸に際し、帰路における長浜での休憩所(行在所)として、近江地方の実業家であった浅見又蔵(1839?1900)が自らの私財を投じて造営した和風建築である。館名は当時の総理大臣であった伊藤博文の命名とされる。

本庭の池泉回遊式庭園(国指定名勝)は明治時代の作庭家・7代目小川治兵衛の手になる、近代日本庭園の傑作の一つといわれる。

1952(昭和27)年からここで開催している「長浜盆梅展」は日本一の梅の盆栽展といわれる。座敷一堂に並べられる大鉢の中には、天井に届きそうな樹齢数百年の梅の木もある。

慶雲館の歴史

  

配置図 (引用:慶雲館HPより)

 

表門

      

表門から中門までの間の前庭

表門を過ぎた周辺。菅原道真の社、芭蕉の句碑、横綱像、大燈籠、などがあちこちに見られる。芭蕉の句碑は日本一の大きさ

           

中門から本館玄関の間の玄関前庭

長浜領矢印地石柱や慶雲館碑がある。

中門

        

本館 (本庭からの画像も含む)

      

1887年(明治20年)竣工。総檜造・寄棟造・瓦葺で2階建の書院風建築。2階に玉座がある。延床面積500㎡、建設費1万円。

館内の説明−慶雲館と浅見又蔵

       

1階細部

三部屋に区分でき襖で仕切ることができる。どの部屋からも本庭が見える。

  

手前の間

          

真中の間

     

一番奥の間

        

本庭(奥庭)

当初の慶雲館の敷地には見るべき庭園はなかったが、1912(明治45)年に息子の又次郎が行幸25周年を記念して敷地の本格的な整備事業を行い、現在見る庭園の原形が完成した。

慶雲館の庭園には、大きな起伏を伴う立体的な地形と巨石を用いた豪快な意匠のほか、芝生と枯池を前景として琵琶湖を眺望する遠近感に富んだ景観構成が見られる。昭和27年(1952)に始まった盆梅という造園に関わる独特の活動の場としても重要な意義を持った。

 近代の作庭家として名高い小川治兵衛(植治)の流れを汲み、その息子である保太郎(白楊)が作庭に関わった可能性が高く、京都以外の地においてその作風の一端を現在に伝える庭園の事例として重要である。(文化財データーベース)

本庭から本館を望む

        

本庭 (奥庭)散策

池泉回遊式、築山・池泉・枯泉と豪壮な石組、松が調和する。

                     

本館二階へ向かう

      

照明

 

二階の照明器具は梅の花を形どっている。明治時代とは思えないハイカラなデザイン

二階一号室−玉座

            

両陛下をお迎えする為に「玉座の間」が設けられた。建設当時は東側には伊吹山、南西側には広大な琵琶湖が一望できた眺望は素晴らしかったといわれる。

襖絵

     

二号室−書道家としても通った犬養毅の書

        

二階より見た本庭

         

二階広間−企画展開催中

       

茶室と新館

      

茶室は本館と共に1887(明治20)年に建設され、恵露庵と名付けられた。元は典型的な四畳半茶室であったが、平成12年位十畳余の広間に改修された。

盆梅展−平成30年開催で67回目となる。

    

長浜鉄道スクエアー

長浜市北船町ー41

慶雲館と向い合って建つ。

旧長浜駅舎・長浜鉄道文化館・北陸線電化記念館の3館で構成されている。

旧長浜駅舎は、現存する日本最古の駅舎である初代長浜駅舎をそのまま保存している。

長浜鉄道文化館では北陸本線に関する鉄道史料や鉄道模型が展示されている。北陸線電化記念館では鉄道車両2両が保存されている

外観

          

前庭の展示

          

旧駅舎内部〜一部分

        


June 8, 2016 瀧山幸伸 source movie

                                                                                                                                                                              

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