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滋賀県長浜市 腹帯観音堂

Haraobi Kannondo,Nagahama city,Shiga

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June 10,2018 中山辰夫

湖北三十三観音札所 観音霊場めぐり

番外 大浦十一面腹帯観音堂 湖北27名刹の一つ

長浜市西浅井町大浦

ご詠歌: みちたりて なおいのるらん ちちははの やすきすがたに はるびかんのん

JR永原駅から歩いて約15分の距離にある。 八幡神社にも近い。

十一面腹帯観音菩薩像は遍照寺境内に建つ大浦腹帯観音堂に安置されている。 遍照寺は宗派・時宗で、藤沢「神奈川県藤沢市」の清浄光寺二五世遊行上人の中興と伝える。

      

観音堂

戦国時代の元亀年間、八幡宮・観音寺が戦火に遭いともなう寺院排除の際に、八幡宮奥の院から寺院境内の蓮池に観音様を投げ入れて難を逃れた。88年後の長い年月が流れた1662(寛文2)年、八幡宮の神職の夢枕にお立ちになり、「自分を早く上げて祀れ、里人によいことがあろう」とのお告げがあった。そこで蓮池の底を探したところから、この像が偶然に見つかり、八幡宮の社殿に安置。明治初期に現在地に移された。現在の観音堂は1931(明治6)年に再築された。

    

十一面腹帯観音菩薩

立像 平安時代後期 木造(カヤ材) 一木造り 素地 像高:1.6m 左右の両脇に地蔵菩薩・毘沙門天を配す。

    

細部

            

池から泥まみれで彫り出された際、多くのサラシで御体が浄められた。そのサラシは腹帯として妊婦に与えられたところ、皆が五体満足で安産だったという。

これが現在に続く腹帯頒布のきっかけである。

1719(享保4)年に観音像の木版が完成。御姿が刷られたサラシは一週間観音像の腹部に巻かれてご利益を頂き、安産を願う人々に広まった。

 

平成15年9月23日、観音像が盗難に遭った。平成17年4月23日、無事に戻られた。その間の一年半、お堂に残されていた紅白の腰紐と腹帯に、頒布用の腹帯を抱き合わせて安産祈願が行われていた。今も全国から子宝を願うお参りが絶えない。

地蔵菩薩・毘沙門天〜五輪塔〜水舟

   

五輪塔〜水舟

    

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