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滋賀県大津市 早尾地蔵

Hayaojizo,Otsu city,Shiga

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June 2011 中山辰夫

早尾地蔵尊(はやおじぞうそん) 別名:六角地蔵堂(ろっかくじぞうそん)

大津市坂本四丁目

日吉大社の入口近く、比叡山上り口、早尾神社石段手前に建っている。

早尾神社が鎮座して、早尾地蔵と呼ばれるようになった。

中の地蔵菩薩立像は、比叡山開祖伝教大師最澄自作と伝える。右手を前にあげて印を結び、左手には如意宝珠を持った姿で像高1.3m、花崗岩に浮き彫りされている。最澄が、童子のすこやかな成長に心を注ぎながら彫ったとの伝承から「子育て地蔵」と

も呼ばれ、子どもの成長に功徳があると信仰されている。

また、この地蔵は「陰坊地蔵」とも呼ばれる。それは、西教寺の真盛上人が生まれた嘉吉3年(1443)姿を消し、明応4年(1495)真盛上人の入寂と共に再び姿を現したという伝承からきたもので、真盛上人はこの地蔵の生まれ変わりと伝えられる。

仏教の 彫みおかれし 石地蔵 姿を変えて 出ずる真盛

坂本の隣の町、雄琴町の「おごと温泉六角足湯」

平成20年、JR湖西線雄琴温泉駅前に、六角地蔵をまねた足湯の建物が建てられた。

雄琴温泉は、比叡山開祖の伝教大師最澄により発見された霊泉とされている。

坂本六体地蔵尊

天台宗のお膝元である坂本には、辻々に必ず地蔵堂があり、そこはよく無人の花売場となっている。

伝教大師は、日本国中に六個所大宝塔を立て法華経1000巻をそれぞれ納め、その功徳で国民を万代の安きに置かんと弘仁9年(818)「六所宝幢院願文」を起こされた。その時地蔵六体が作られて、その後円仁(慈覚大師)により坂本の町筋に安置された。

六地区の各々に伝説や功徳が残る。

阿波羅屋(あばらや)地蔵尊

下阪本七丁目

坂本平和堂のすぐ近くに立つ。

九条の地にあたり、「あばらや」という名は、大日如来の真言のうち「あらはしやな」からきたという。その語義は、仏が人々の親しみやすい姿に変身して幸せをもたらすという意味である。

経文の一説から名づけられたこの地蔵は、体の下半身の病に霊験がありまた、子どもの夜泣きやカンの虫、夜尿症を取除く地蔵として名高い。

苗鹿地蔵尊

苗鹿一丁目

元来は北国海道沿いの地蔵川付近(現、湯元館辺)にあったが、再移転されて、今は法光寺の境内に立つ。

花崗岩に浮き彫りしたもので、像高1.3mほど。合掌する姿を現し、室町時代の作とされる。

「すべり地蔵」の異名がある。むかし、西近江路を通りかかった大名が、堂の前を乗馬のまま通ろうとしたところ落馬した。

以来、大名といえどもこの地蔵堂前で派下馬したと伝えられる。足・腰の健康を守る地蔵として知られる。

法光寺

比叡辻地蔵尊

下阪本六丁目

信長の比叡山焼討ちにより胴体に損傷を受けた。

この地域は北国海道の辻にあたり旅の安全を守る地蔵尊としてあがめられる。

観福寺

穴太地蔵尊

穴太二丁目

盛安寺〜高穴穂神社前の旧北国海道を直進する。

坂本の南の入口の穴太にあり。三叉路の辻に立ち進路を教える地蔵として、進学や就職の祈願に訪れる若者が多い。

明良地蔵尊

坂本三丁目

旧北国海道より一筋下がったところ。小学校の近くにある。

六地蔵の中心に位置し、胸や胃腸の病に霊験があるとされる。

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