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滋賀県大津市 唐崎神社

Karasakijinja,Otsu city,Shiga

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Oct、11.2017  中山辰夫

大津市坂本町唐崎1丁目〜4丁目

唐崎神社境内にある名勝唐崎の松・「唐崎の一松(一つまつ)」が瀕死の状態にあって誠に残念なことである。

原因は多々あると思われるが、老衰から引き起こされた要因もその一つ。

唐崎神社は日吉大社に縁の深い神社であり、琵琶湖畔に面した境内は、対岸に近江富士を望むことができ、広い空と湖、巨大な霊松を仰ぎ見ることができる素晴らしい場所。 現存する残り少ない近江八景の1つでもあり、霊松はその中心として古くより多くの歌人に愛されてきた。 そんな松ゆえに惜しい事である。

現状

          

懐かしい5年前

  

麗しく枝葉をのばすのは何年先であろうか

唐崎神社社殿

鳥居〜拝殿

  

本殿

             

この地は、「唐崎の夜雨」「唐崎の落雁」と近江八景に数えられる景勝の地であった。

「万葉集」・「枕草子」・「蜻蛉日記」・他にも多く詠まれた。

   

「やすみしし わが大君の大御舟 待ちか恋ふらむ 志賀の辛崎」舎人吉年 (万葉集)  桓武天皇や嵯峨天皇・天智天皇も再々訪れた

「ささ浪の 志賀の辛崎幸(さき)くあれど 大宮人の船待ちかねつ」柿本人麻呂

「楽浪(さざなみ)や 志賀の辛崎風さえて 比良の高嶺に 霰(あられ)降るなり」藤原忠道 (新古今和歌集)

「見せばやな 志賀の辛崎麓なる 長柄の山の 春のけしきを」慈円 (新古今和歌集)


June.2011 中山辰夫

大津市唐崎一丁目

祭神:女別当神(わけまさひろのかみ 松の精とも大己貴命とも伝える)

jR湖西線唐崎駅から東700mの湖岸に面して鎮座。国道161号線バス停「唐崎」からも近い。

左手に長等山から比叡山にかけての山々が遠望できる。

 

万葉の時代から数多くの詩歌が残され、近江八景でも有名となった名勝である。

   

唐崎神社の由緒

 

鳥居を入ると、正面に入母屋造の拝殿があり、奥に複雑な構造の屋根を持つ本殿が建つ。

古くは女別当神社(わけまさひめ)とも呼ばれ、女人の信仰が厚く、今も京・大阪からの参拝客も多い。

  

この地は七瀬の祓所(はらえどころ)として古来有名で、4月の山王祭にはここまで船渡御が斎行される。

境内には「一つ松」と呼ばれる巨松があり、近江八景の「唐崎の夜雨 やう」で知られた名所。

  

「枕草子」に「湖畔の名勝」として取り上げられており、芭蕉の句碑もある。

古来からの伝統ある行事・4月の山王際や7月28・29日の「みたらし祭り」がここで行われる。

   

朱の鳥居の先には拝殿が建つ。

   

拝殿は端正な容姿でかつ美景である。

   

本殿の構造は複雑である。

    

周囲の色彩ともマッチして重量感がある。

   

唐崎の霊松

建指定名勝

    

初代「唐崎の松」は天正9年(1581)大風でかれたとされる。伝承では、千年近くの歳月を生き続けた。

    

2代目は天正19年(1591)に植えられたとされる。

    

代官新庄直忠が「おのづから 千代も経ぬべし辛崎の まつにひかるみそぎなりせば」と自分の手で植えた松の長寿を願う歌を詠んだとされる。誰が植えたかについては諸説があるようだ。

現在ある松は三代目である。

   

枝ぶりの妙

    

大石の働き

    

平成23年4月より、新しい専属の庭師が決まり、新しい取り組みが始まった。今後の成長振りを見守りたい。

芭蕉の句碑・ほか

平成3年(1991)ふるさと創生事業で建立 「海晴れて 比叡降り残す 五月かな」

  

近江富士(三上山)を望む

      

兼六園の「唐崎の松」

二代目の分身が金沢、兼六園にもある。

金沢・兼六園の栄螺山(さざえやま)から対岸の唐崎松方谷の眺めが素晴しい。

   

霞ケ池の周辺の唐崎松は兼六園の中でも最も枝振りがよく、13代藩主・斉泰が琵琶湖畔の唐崎から種子を取り寄せて実生から育てた黒松である。即ち二代目の分身である。

   

近江八景「唐崎夜雨」歌川広重

唐崎の老松に降る夜の雨の様子が描かれている。本作品は、歌川広重作品を代表するもの。

老松をシルエットで表現したその作風は、かなり完成度の高いものと評される。

 

その他の作品

     

みたらし祭り 7月28日〜29日

 

「みたらし」とは「御手洗」で、唐崎神社が古代の朝廷の設けた七瀬之祓(ななせのはらい)の一つであり、ここで禊(みそぎ)が行われたことからの名であるといわれる。

平安時代には京の貴族たちに知られ、摂関政治の頂点を極めた藤原道真(966〜1027)も訪れ禊を行っている。

現在も、「みたらし祭り」にその風習が生かされている。

茅の輪をくぐり

   

  

米粉約3kgで作る大きなみたらし団子が奉納され、夜には勇壮な手筒花火が行われる。

「参考」

七瀬之祓(ななせのはらい)とは天皇の災禍を祓う地で、特別の場所と位置づけられていた。

(摂津の難波・田蓑島・河後、山城の大島・橘小島、近江の佐久奈度・唐崎の七か所)

出展

1−書名・・・・ふるさと大津歴史文庫9 『大津の社』

2−発行・・・・発行所 大津市 企画編集 大津市歴史博物館 発行日 平成4年10月1日

3−記載 P75

   

みたらし団子

 

唐崎神社の前にある「かぎや庄平衛」(現在の店名は寺田物産)と伝統の包装紙

    

今の店主は19代目とのこと。独特の焼き方と江戸時代から伝わる「タレ」の味を守って一筋。

   

比較的静かな平日のひととき、まつわる話に耳をそばだてながら食するみたらし団子は格別な味がした。

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