JAPAN GEOGRAPHIC

滋賀県大津市 長等神社 (含む馬神神社)

Nagarajinja,Otsu city,Shiga

Category
Rating
Comment
General
 
Nature
長等公園
Water

疎水が近い

Flower
公園
Culture
 
Facility
 
Food
 


July.2011 中山辰夫

 

大津市三井寺町

祭神:建速須佐之男大神 大山咋神

長等神社は園城寺の南側に接しており、長等公園からは200mほど下がったところにある神社。

京阪電鉄石坂線「三井寺駅」下車、 疎水を右に見て直進。つき当りを左に折れて少し歩く。

一直線の参道の正面に朱の楼門が建つ。楼門前には大津絵民芸店がある。

天智天皇が近江大津宮へ遷都(667年)した際、都の鎮護として、 須佐乃男命(スサノオノミコト)を長等山に祀ったのが始まり。

その後、智証大師円珍が貞観2年(860)に日吉大社を合祀し、園城寺(三井寺)の鎮守として唐院内に祀った。

天喜2(1054)年、明尊が庶民参詣のために山の上から神出村に勧請し、新たに社殿を建立したのが現在地である。

兵火による焼亡後、興国元年(1340)年、足利尊氏によって再建され、湖南の大社といわれた。

皇室を始め多くの武将、民衆の崇敬を集めて隆盛きわめた。

境内には拝殿・本殿以外に、楼門(市文) 中門 神饌所 神輿庫 神具庫 手水舎 北照殿 が並び建つ。

本殿・楼門などの建物は、おもに近世以後の建築。境内には、市保護樹木のカツラや平忠度の歌碑などがある。

神社前の両願寺は“堅田源兵衛首”として有名

楼門

市指定文化財 明治36年(1903)着工

三間一戸 入母屋造 桧皮葺で古式を留める堂々としたもの。 明治38年(1905) 竣工 設計は安藤時蔵、青地安太郎。

普通の楼門であるが、上下の均整がよく整い、左右の広がりも適度で各部の曲線が美しい。

木部は丹塗(にぬり)、木口は黄土、連子窓などは型通り緑青塗で、各所に極彩色が施され、全体の均整がよく整っている。

棟札によると、「結構諸般南北朝時代適度の様式を用ゐ(中略)蟇股尾?(おだれ)の彫刻の如きなど、これの時季(期)をしめす所なり」 とあり、和様の伝統を今に伝えている。工事の進行などを書いた棟札も多く残しており、資料としても貴重とされる。

建造物は新しいが、蟇股・木鼻の唐草模様や?木口の透彫金具などに中世の様式をみせる。

園城寺大門を手本にしたとされ、中世の古い建築様式が細部にわたって再現されており注目に値する。

拝殿

入母屋造 間口二間三尺 奥行三間

本殿

入母屋造向拝付 間口五間 奥行二間 桧皮葺、入母屋造

中門と廻廊に囲まれている。

正面五間の構造で類例の少ない社殿である。

茅の輪くぐり

くぐると厄払いの御利益があるとされる。直径2.2m 6月30日が大祓い

しだれ桜

神木・カツラ

境内社 稲荷神社

馬神神社(うまがみじんじゃ)

大津市三井寺町

馬神社は、長等神社の境内にある。明治43年(1910)に札の辻に鎮座していたのを移された。

今は一間社流造の小さい祠であるが、江戸時代大津宿の総鎮守として、馬持ちの信仰を集めていた。

大津は京都に入る最後の宿場であったため、江戸時代は旅人も参勤交代も商人も、ここで馬も身を浄めた。

寛永年間、諸国に馬の疫病が大流行し、馬を害する妖怪「馬魔(ぎば)」の仕業だとうわさが立ったことがある。

馬神社が建てられたのは、この疫病を鎮めるためだったという。

札の辻の西南角に、大津宿で人馬を提供する事務所である人馬会所が置かれていた。また同会所の一角には馬神社が鎮座し、馬の腹賭けが売られていた。この腹掛けは馬の病気除け(ダイバ除け)に効き目があると信じられ、主に東日本の人々が買い求めた。その名は関東まで知れ渡った。

 

両願寺

大津市三井寺町

神社前の両願寺は“堅田源兵衛首”として有名 堅田源右衛門の木像 現在は無住である。

蓮如上人は、寛政6年(1465)京都大谷の本願寺を山門の僧徒に焼打ちされるや、宗祖親鸞の御真影を抱いて、近江へ逃れた。

お生みに入った蓮如は、一時、堅田の漁師源右衛門・源兵衛宅に隠れてのち、三井寺の満徳院を経て等正寺へ移った。

そして御真影を三井寺に預け、越前へ行った。その後各地を教化して、ようやく文明12年(1480)、山科本願寺を建設。三井寺に預けた御真影をお迎えすることになった。

しかし、三井寺は、人間の生首を二つ持参すれば返そうとの難題を持ちかけた。

この時、堅田の源右衛門は、我が白髪首を捧げましょうと蓮如に申し出、その旨を源兵衛に打ち明けると、源兵衛はまず自分の首をお役に立てて下さいと強く言う。源右衛門はやむなくわが子の首をとって三井寺へ持参し、この白髪首も討たれよと迫った。

親子の殉教心に感服した三井寺の僧は、源右衛門の首まで討とうとせず、御真影を返還した。蓮如は源兵衛の首をねんごろに供養した。

All rights reserved 無断転用禁止 登録ユーザ募集中