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滋賀県大津市 近江国府跡

Omi Kokufu ato,Otsu city,Shiga

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August 26, 2020 大野木康夫 source movie

近江国府跡


【国指定文化財等データベースから引用】
昭和四十八年に指定した範囲では、国庁域西端が十分に把握されなかったが、昭和五十五年度の発掘調査により、西端の溝が確認され、さらに五棟の掘立柱建物の遺構も検出された。
 当該部分の北と南は、切土により一段低くなっていて、遺構の残存状況が良くないと推定されるので、わずかに残された当該部分を追加指定し、名称を変更して保存を図るものである。
 大津市瀬田地区に所在する近江国庁跡は外郭と築地で囲まれた内郭の二重構造からなり、内郭の政庁区からは瓦積基壇の正殿、後殿、脇殿が検出され、昭和48年に史跡指定された。惣山遺跡は国庁跡の南東約500mに位置する大型倉庫群で、国庁と一体となって機能した重要な施設であることから平成10年に追加指定された。
青江遺跡は、国庁跡の南門跡からは、真南へ約300mの地点、丘陵の平坦部に立地する。築地に囲まれた中に掘立柱から礎石建物へ建替えられた3時期の建物跡を検出した。このうち礎石建物は南北2間、東西7間以上で北辺に1間の廂が付く東西棟建物である。国庁の南正面に位置し、計画的な配置のもとに建てられたもので、国庁および惣山遺跡の建物と同じ飛雲文の瓦が使われていることから、国庁との深い関わりが考えられる。国司館の可能性も考えられ、平成12年に追加指定されている。またその後の確認調査で、史跡指定地の西側で先に検出した建物の延長部分を、指定地北東側からは新たに築地跡を検出し、平成17年に追加指定している。
その後の確認調査において、指定地南西約200mの位置で、南北9間×東西2間の掘立柱建物を検出し、国庁と同じ飛雲文軒丸瓦、「天平勝宝」とヘラ書きした土器、そして文書行政に必要な硯などを出土した。建物の桁行規模は国庁関係で検出された建物の中では、政庁脇殿につぐものである。建物規模、出土遺物の種類から、今回検出した遺構は近江国庁を構成した官衙群の一つであり、重要な位置を占めていたものと考えられる。このことから青江遺跡には「国司館」的な施設ばかりではなく、官衙も多数存在していたと考えられ、国庁の成立や変遷を考える上において重要である。よって、今回発掘調査で確認された建物跡など追加指定し、保護の万全を図ろうとするものである。

堂ノ上遺跡から建部大社参道を通って高橋川沿いへ
       


中路遺跡へ
   


中路遺跡
Churo site

所在地 滋賀県大津市神領2丁目36
                


高橋川沿いに戻り東へ
    


青江遺跡
Aoe site

所在地 滋賀県大津市神領2丁目27
                


細街路を北行し国庁跡へ
  


国庁跡
Kokuchoato

所在地 滋賀県大津市大江6丁目13他
                


国庁東側の木製外装基壇跡付近
                           

国庁中心部
                


国庁西側
                  


細街路を東進し惣山遺跡へ
   


惣山遺跡
Soyama site
                       


Apr.2011 中山辰夫

大津市大江三丁目・三大寺

国指定史跡

奈良時代から平安時代に栗太郡勢多に所在した近江国の国府。瀬田丘陵から瀬田川河口方面に向って派生する小丘陵上を中心とする一帯。神領の住宅団地を抜けた所に広がる。

近江国庁跡は、昭和38年(1963)に三大寺の丘陵上で発掘調査が行われ、全国で初めて国庁の中心施設である政庁が発見された。

        

政庁の建物群は、当時の都「平城京」の中心にあたる「平城宮」の大極殿・朝堂院といった建物配置に似たもので、瓦積み基壇の上に建物が建てられた。近江国庁跡は古代の行政組織を知る上で貴重な遺跡として国の史跡に指定された。

       

また、国府域南東部にあたる惣山遺跡では、1列に並ぶ12棟の大型倉庫群が、 国庁跡から約300m南の青江遺跡では国司館(役人の住居)と考えられる建物が、国庁域南西部にあたる野畑遺跡では、国府で使用する瓦を焼いた瓦窯跡など、近江国府に関連する遺構が発見されている。

さらに、国庁跡から約700m西方、瀬田川近くにある堂ノ上遺跡では、築地塀に囲まれた正殿、後殿、脇殿と見られる建物群が発見された。

 

資料—1 滋賀県教育委員会発行資料

資料—2 滋賀県教育委員会発行資料

    

資料—3 滋賀県教育委員会発行資料

    

資料—4 鈴鹿市考古博物館発行資料

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