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滋賀県大津市 盛安寺 

Seianji,Otsu city,Shiga

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September 5,2020 大野木康夫 source movie


収蔵庫付近
  


山門付近
   

本堂
    


客殿(重文)
                                            


琵琶湖を遠望
    

 


September 1, 2018 野崎順次  source movie

天台真盛宗

瑞應山法王院 盛安寺

(Seianji Temple, Otsu City, Shiga Pref.)

創建は不明ですが、戦国時代に越前朝倉氏の家臣である杉若盛安(すぎわかせいあん)が再興し、自分の名を付けたと伝えられます。その後、何度か焼失しましたが、その度復興され、現在に至っています。

穴太という土地は古くから石工穴太衆という天然の石垣を巧みに造営する特殊技術者を輩出した土地として知られています。彼らは、数々の名城の石垣を造り、彼らの故郷であるこの地の盛安寺の石垣は、まるで城郭のような見事な石組みが組まれ、特に素晴らしいです。桃山御殿の異名をとる客殿、聖衆来迎図を表現したという江戸時代の庭園、明智光秀の陣太鼓などがある寺院です。

(滋賀県観光情報公式ウェブサイト滋賀・びわ湖観光情報より)

パンフレットと現地説明板

          

山門、石垣、鼓楼

     

市文 本堂 慶安五年(1652)、以後何度か修理

桁行五間、梁間六間、寄棟造、桟瓦葺

         

国重文 客殿 江戸前期 17世紀前期

桁行15.8m、梁間12.4m、一重、南面入母屋造、北面切妻造、北面庇付属

             

県名勝 庭園 江戸初期

すなわち本庭は、本寺客殿書院の南庭で、山畔を利用した枯山水であり、面積は約八十七坪を示している。そしてその作庭年代を語る文献はないが、本庭の様式や石組手法を一覧すると、慶安直後の承応、明暦(1652-1657)を前後する頃の作庭であろうことが窺知される。

本庭は南西部に山畔があってこれを利用して、上部に刈込籬で区切り、西南部に枯滝石組の豪華な石組を作り、中央部には一種の須弥山式の石組を見せ、あるいはまた、東南部には蓬莱石を用いるなどして、築山式の枯山水としてなかなか豪華な作品となっている。

そしてまた、全庭に多くのサツキやツツジの刈込物が多く、これは素人目には美しくても、全庭を弱く見せているので引き締めた方がよいであろう。

(重森三玲「日本庭園歴覧辞典」盛安寺庭園より)

                                 

その他境内

      

十一面観音(国重文)収蔵庫

  


June 2011 中山辰夫

大津市坂本一丁目

天台真盛宗

本尊:阿弥陀如来 十一面観世音菩薩 京阪電車石坂線穴太駅からすぐ東の森にある高穴穂神社前の道(旧北国海道)を左に進む。駅から約500mの距離である。

 

     

まもなく城郭を思わせるような立派な石垣が見える。古色を帯びた山門の石垣は石工穴太衆の手になるもの。

      室町時代、越前(福井県)の朝倉貞景の家臣杉若成安が、西教寺の真盛上人に弟子入りし、荒廃していた寺を再興し自分の名前を寺名にしたと伝えられる。のち明智光秀・豊臣秀吉らの保護を受けて栄えた。

堂宇は、本堂・客殿・観音堂・太鼓楼・収蔵庫・山門などを備える。障壁画は狩野永徳が描いたものとされる。

  表門

      本堂 

市指定文化財 慶安5年(1652)建立

桁裄五間、梁間六間、寄棟造、向拝一間 桟瓦葺

        現表門に正対せず南面して建つ。屋根は大棟が極めて短く、小屋裏の野垂木がまばらで、元はこけら葺であった。

西教寺本堂を小型化簡略化したもの。天台宗系の三間堂を基本として、四天柱で各室を分ける。

        本堂の内部

内陣周りだけに装飾を施し、それ以外は素木(しらき)の簡単な造りである。

        本堂と客殿とは廊下で結ばれている

      客殿 国重要文化財 江戸時代

桁裄15.8m 梁間11.9m 片方入母屋造、片方切妻造 桟瓦葺、内部は6室に別れた落ち着いた書院。

伏見城の遺材を用いて建てられたと伝わり、桃山御殿と呼ばれている。

        本殿と雁行して建ち、本堂正面側の南面を入母屋造として木連格子を飾る。北面は切妻に造る。東・南面に広縁を巡らして吹き放しとし、北側には庇をつけて榑縁とする。

そこには長谷川派の作品といわれる「帝鑑図」や「花鳥図」の華麗な襖絵や障壁画をみられる。

      観音堂

道を隔てた寺の飛地にあって、旧北国海道に面して建つ。後方に収蔵庫が建つ。 文化財収蔵庫

本堂の南隣に、道を隔ててある。

本尊:木造十一面観音立像(国重要文化財)収蔵庫に納められている。

      木造十一面観音立像:国重要文化財 

崇福寺伝来とされる。奈良時代の作

像高:180.5cm ヒノキ一木造

     

慈愛に満ちた穏やかな表情に特徴がある。

    太鼓楼

陣太鼓が保管されている。

明智光秀の寄進と伝える。

天正年間のある夜、当寺の「暁の鼓 夜明けを知らせる太鼓」を打って敵の急襲を知らせた恩賞として賜る。

『近江與地志略』に「是明智光秀が時尅をうちならし太鼓ありという」

    木造地蔵菩薩立像 市指定文化財 鎌倉時代

 

通例の地蔵菩薩立像であるが、胎内から文書と摺仏画発見され、地蔵に対する信仰を伝える。 境内石仏・墓地

      庭園 県指定名勝 江戸時代

客殿の南に造られている。江戸初期の鑑賞式枯山水で、庭の南に築山(つきやま)をもうけ、サツキ・ツツジを植栽。

     

刈込の生垣を背にして大小の石を配置した枯山水の庭で、一面に繁った杉苔が印象的。苔と飛び石の調和が美しい。

     

穴太地区関連情報 資料

穴太遺跡

    穴太廃寺跡

国指定史跡

    壷笠山城跡

   


Nov.2008 瀧山幸伸 source movie

         

                   

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