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滋賀県近江八幡市 賀茂神社

Omihachiman Kamojinja

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足伏走馬神事
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May .2010 撮影/文:中山辰夫

御猟野之社 賀茂神社 (みかりのしゃ かもじんじゃ)

近江八幡市加茂町1691

祭神:賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと) 賀茂玉依比賣 (かもたまよりひめのみこと)

賀茂別雷命 (かもわけいかづちのみこと) 火雷命 (ほのいかづちのみこと)

例祭: 足駄走馬 渡御 5月6日

表参道の鳥居をくぐり境内に入る。すぐ前に社殿の姿が目にとまる。こじんまりとした境内の佇まいである。

だが社殿の左右は広大な神域の森である。

かつては牧草などが豊かに生い茂っていた牧草地“御猟野乃社”(みかりのしゃ)-「神の杜」であったとされる。

社殿の右側は真っ直ぐに延びる400mの馬場である。

社殿は寄り添うように固まって建立されている。

拝殿と本殿とはつながっており、本殿は覆屋で見ることが出来ない。

庚申堂、不動堂、宝殿、馬屋、手水舎、社務所が建ち並ぶ。

社殿の周りには神社の由緒を語る、多くの御神木・霊木が多く見られる。まるで歴史の証人のようでもある。

天智天皇がこの地を国営牧場と定められ、その後元正天皇の命を受け、養老元年(717)下道朝臣吉備眞備・田守等がこの地を社地に選定し奉聞し、天平8年(736)、聖武天皇の命を受けた社殿を造営し、賀茂大神を奉祀したと伝わる。

寛治4年(1090)白河上皇この地を上賀茂・下鴨神社に寄付され、競馬を行なわせられる。

その後、幾多の兵火に遭いその都度再興されて現在に至る。

明治9年(1876)村社に列せられ、大正3年(1928)郷社に昇格、神饌弊帛科供進指定神社となった。

賀茂神社の境内は古来は「境内14町」とあり、約4万数千坪あったという。時代と共に減少し、現在は「9町9反」あり、約3万坪以上の広さである。

壮大な境内には直線400メートルの馬場があり、神域は「御猟野乃杜」(みかりのしゃ)と称する桧や杉等を中心とした森厳なる地である。

境内は賀茂大神様のおはします杜であるが、神の中心的な区域を除き、遊歩道がつくられている。

この遊歩道は、ゆっくりと歩き、深呼吸をしながら神様の大御威を頂き、明日への活力を吸収して頂く場所とされている。

北側には約200本の桜並木が並び、奥森には紅葉の庭、桃の木々、紫陽花苑、菖蒲池等四季を通じて花が咲いている。

花を見て目を癒し、香を嗅いで鼻を癒し、呼吸をして体を癒し、さえずりを聞いて耳を癒し、会話を交わして口を癒し、森に入って感性を癒し、六感全てを癒し、明日への活力を養ってもらいたいとのこと。

 

拝殿

間口二間一尺 奥行二間一尺 入母屋造

賀茂神社 (カモ) 〜(御猟野の社)

本殿

三間社流造 間口二間二尺 奥行二間

庚申堂

不動堂

宝庫

手水舎

御旅所

若宮神社

御祭神は仁徳天皇

賀茂神社の七不思議

蓮理の榊

神杉

樫の木

主な祭礼

例祭: 足駄走馬 渡御 5月6日

内容については別途に掲載済み

賀茂神社の歴史 《賀茂神社HPより》

千三百年前、天智天皇はこの地に日本初の国営牧場を築き、馬の調教と繁殖に力を注がれ、日本の馬の文化が発祥致しました。 

その後、聖武天皇は、日本の荒廃を憂い、天変地異のない世を願い、国民の災いを封じ、国民の安寧を願う神社を創建する為、吉備眞備(陰陽道の祖とも仰がれる)に陰陽道を中国より取り入れさせ、日本の「気」(エネルギー)の集まるところに神社を建てるべく、 この地が選定され、更に陰陽道の技を尽くし、天平八年(七三六)、日本の「気」の集まる地(中心)に鬼門の方位に向けて、災厄を封じ込め、そこに荘厳な社殿を造営し、賀茂大神を迎え、当社を創建になられました。

広大無辺の賀茂大神様の御神威は、誠に高く、多岐にわたり、日本における「馬の聖地」、全国随一の「馬・馬事・競馬・乗馬」守護神、 「方除・災難除・八方除・厄除」守護、縁結・子授・安産の神様・人生の進むべき道を示す神様として、近年では交通安全「車」守護として、あまねく国民の方々を守護されています。

創建当初は例祭「賀茂祭」に皇室より幣帛を賜る等、隆盛を極めておりましたが、度重なる兵火等により、縮小の一途を余儀なくされましたが、近年の崇敬の方々のお力添えにて、信仰厚き方々も増加し、日本国の繁栄と国民の平安を願った社としての心はよみがえりつつあります。

その後、聖武天皇(724年頃)は天平8年(736年)京都の下・上両賀茂神社の神を迎え、荘厳な社殿を建設し、この辺りの放牧場等の守護神としてご創建になりました。

宮中で正月の競馬会(競馬の最高のお祭り)が武徳殿の前庭で行われていたのが、京都上賀茂神社の馬場で行われるようになると、(賀茂競馬)後白河上皇は、皇室の御領地でありましたこの地でもこの競馬が継承され(この御猟野乃杜賀茂神社では、古来から競馬は行われていた様でありますが)、古式の競馬行事の形を継承する為、行われるようになったのであります。

(古文書にも記載されております)

千三百余年もの馬との歴史を持つ土地柄と、全国的に極まれな「古式による競馬行事」が脈々と受け継がれ、全国的に見ても、馬の心と人の心の寄り集まった神社は当賀茂神社を除いて他にはないものと存じます。

現在、三万坪の荘厳なる境内に直線四百㍍の馬場があり、杜では四季を通じて花が咲き誇っています。

日本の「気」を受けられ、杜の中で霊威を戴き、大神様の導きを受けるためにも是非ともお詣り下さい。

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