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滋賀県近江八幡市 瑞竜寺

Zuiryuji,Omihachiman city,Shiga
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Nov.24.2014 中山辰夫


Mar. 2010 撮影/文:中山辰夫

近江八幡市宮内町19−9日蓮宗

瑞竜寺は八幡山の山頂にある尼寺である。八幡山は、標高284mで、遠くから眺めると鶴が翼を広げているように見えることから、鶴翼山(かくよくさん)と呼ばれる。

山頂に行くには、日牟礼八幡宮の境内を抜けた所にあるロープウエイに乗るか、八幡公園から徒歩で登ることになる。

ロープウエイでは約4分で到着する。途中の景色は見ものである。徒歩の場合は幅1.5m程の山道を約1時間かけてゆっくり登る。

山頂には、本丸跡に移築された瑞竜寺と二の丸跡に建つ展望舘がある。

先ずは八幡城跡からの散策となる。

八幡城跡

安土城が亡びたあと、豊臣秀吉は長宗我部元親討伐に功績の会った豊臣秀次に43万石を与えて八幡山に城を築かせた。

天正13年(1585)、八幡の地に城普請と町づくりがはじまった。秀吉も視察・監督を行なったようである。

八幡の町家の主な部分は、織田信長の安土城下町を移したもので、博労町、永原町、小幡町などは安土の町名と共通する。

しかし、安土城下では家臣団屋敷と町人居住地が混在していたのを、八幡では完全に切り離し、八幡堀より北側を武家屋敷南側を町人地とに分けた。

八幡堀は琵琶湖往来の船舶を寄航させるために、秀次の時代に設けられた運河である。

天正18年(1590)、秀次は小田原城陥落に伴う国替えで尾張に転封となり、京極高次が城主になった。

京極氏の八幡支配はつかの間で、文禄4年(1595)大津へ転封となった。

文禄2年(1593)秀吉に実子・秀頼が誕生し、秀吉と秀次の関係が不和となり、秀次は文禄4年(1595)に27歳の若さで自害させられ悲劇的な最期を遂げた。

秀吉は、秀次を偲ばせる一切を抹消したかったためか、八幡城も破却され、廃城となった。

八幡山城廃城の後の町民は、琵琶湖水運に恵まれた港町、湖東の物流の中心として商業に生きる道を求めた。

城下町は拡張され、商人町として発展し、進取の気象に富む人の多くが出て近江商人を輩出した。

八幡山の城跡は石垣を残すのみである。

ロープウエイ山頂駅を一歩踏み出すと、大小さまざまな自然石を積み上げた石垣が目に飛び込む。巨大なものも多い。

それを見やりながら進む。

左手石垣上が二の丸跡で、山門をくぐり山頂の瑞竜寺のある場所が本丸跡、寺の裏手が西の丸跡北の丸跡は奥島側の稜線上、出丸跡は日杉山へ延びる下方の台地のあたりである。

本丸跡からは南の眼下に近江八幡市街が一望でき、城下町の様子がつかみやすい。

が、年々輻輳がすすみ鮮明さに欠けてきた。

八幡山からの見晴らしは絶景で、視界は360度パノラマである。

城の立地は最高である。

中の丸跡からは琵琶湖や比良山系の眺望が素晴らしく、北の丸跡からは長命寺山や安土城跡、観音寺城跡などの山並みが望める。

豊臣秀次の館跡

八幡公園の大手道の石段を登ってゆくと、左側に太い孟宗竹が林立している。

その奥に石垣が残っている。結構大きな石が積まれていた。

2001年に八幡山の南西山麓で豊臣秀次の館跡が発見され、館跡からは礎石,金箔瓦,釘などが検出されている。

中でも秀次の馬印である沢瀉(おもだか)紋の金箔平瓦の出土が注目を集めている。

最近では近江八幡市民にも城下町生みの親である豊臣秀次を慕う気風がより大きく育ってきているとも聞く。

八幡城のもたらした大きな遺産を市民が守り育てる動きが年々活発になり、継承されているのを感じさせる街並みである。

瑞竜寺村雲御所瑞龍寺門跡は文禄5年(1596)、豊臣秀次の生母(秀吉の姉)日秀尼(にっしゅうに)が秀次の菩提を弔うため御陽成天皇から瑞龍寺の寺号と京都村雲の地を賜り創建された。

江戸期に火災にあい、西堀川に移された後昭和36年(1961)に京都からこの八幡山へ主要建物が移築された。

日蓮宗唯一の門跡寺院である。

紫衣の着用、菊の紋章を許され勅願所となり、寺格は黒御所と定められ村雲御所と呼ばれる。

山上の寺からは琵琶湖、東に八幡市街が一望でき、その景色は圧巻である。

寺宝に、鎌倉時代の絹本著色釈迦三尊十六羅漢像や南北朝時代の木造聖観音立像がある。本堂に入って、外観からは感じられない広さにビックリした。

廊下伝いに進むが、ガラス窓からみる景色が最高!琵琶湖がどこまでも見える。

尼寺らしく、しっとりと落ち着いた佇まいをしていた。

展望舘

瑞竜寺より石段を降りてくる途中にある。

八幡山城に関係する簡単な資料の展示がある。

ここからも琵琶湖が360度見える。西の湖越に見える安土山・観音寺山(繖山)が美しい。

参考資料《 パンフレット、近江城郭探訪、近江路琵琶湖、滋賀県の歴史散歩、ほか》

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