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滋賀県栗東市 小槻大社

Otsukitaisha,Ritto city,Shiga

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栗東市下戸山1200 小槻大社本殿 重文 近世以前/神社 室町後期 永正16(1519) 一間社流造、檜皮葺 宮殿1基、棟札2枚 19580514


September 20,2020  大野木康夫 source movie

大鳥居
 


二の鳥居
 

本殿(重要文化財)
                                         


March 1,2014 大野木康夫 source movie

                                     


Sep.2012 大野木康夫 source movie

20120908撮影 夜明け時の小槻大社

               

 


Sep. 2009 撮影/文: 中山辰夫

小槻大社( おつきたいしゃ) 

 

栗東市下戸山1200

主祭神:於知別命・大国主命 祭礼:五月五日小槻大社はJR手原駅の南西約2.5km、下戸山(しもとやま)にある。下戸山は金勝川が平野部に流れ出る谷口部である。

車道に面した最初の鳥居をくぐって暫く歩くと山中に入ってゆく感じの深い森となる。山の中にある神社の思いがする。

山道の両側は樹木が重なって薄暗い。やっと小槻大社の参道に出会う。さらに進むと左側に古墳遺跡の案内がある。途中の石段を登ると

社が設けてあった。この周辺には4〜5世紀ごろの古墳が多く分布しており史実の解明に今後の調査が期待される。

大社の創紀の年代は不詳であるが、延喜式内社に名が記載された栗太郡八座社の古社である。

この地の古代豪族小槻家の祖神を祀っている。小槻家は奈良時代宮廷に采女を貢進し、平安時代から明治の新政に至るまでの

一千年に近い歳月を宮廷社会に官務家として仕えた。

小槻大社(小杖社 おづえしゃ)は貞観5年(863)に従五位下を授けられ、康永2年(1343)に正一位を授けられたと明記されている。

この事実は古代・中世にかけて大社が国家の神として位置付けられていたことを語る。

中世になって守護佐々木氏の分流である青地氏が小槻大社を崇敬社とし本殿を寄進し整備した。

近世なると膳所藩から寄進を請け、以後歴代の藩主はこれを踏襲した。明治に村社となり、明治14年に郷社となった。

本殿前の大庭には太い老杉の神木が立っている。

小槻大社本殿、木造男神坐像が重要文化財に指定されている。

五月五日の祭礼には伝統行事の「小槻大社花笠踊り」が神前に奉納される。この踊りは県選択無形民俗文化財に指定されている。

普段の日は人影も見られずポツン立つ古社であるが、行事となれば打って変わった大変な賑わいが展開されるのであろう。

拝殿、本殿以外の建物:幣殿、神饌所、神輿庫、手水舎、旧社務所、社務所 境内社:4社 境外者:2社

            

拝殿

        本殿

1519年建築

国重要文化財: 指定 1958・05・14

一間社流造、 檜皮葺、 附 宮殿 桁行一間、梁間一間、一重、切妻造、板葺

中世佐々木源氏の一門であった青地氏が当社を崇敬し、本殿を寄進し整備した。弘安4年(1281)に宮殿を本殿に奉納した。

さらに永正16年(1519)に本殿を再建した。これが現在の本殿で棟札写に記録が残されている。

昭和33年(1958)弘安4年の年記のある宮殿とともに国の重要文化財に指定された。

正面の柱間数は一間であるが、柱・紅梁などの寸法が太く、一間社としては規模の大きな外観となっている。

構成材の木割が大きく、向拝の蛙股、脇障子腰板の格狭間、破風の懸魚以外に彫刻装飾を用いないで全体に簡明で雄健な建築といえる。

                     

 

木造男神坐像2体

国重要文化財:彫刻:指定 1997:06:30 

栗東歴史博物館に寄託中

 [参考文献:栗東の歴史、近江栗太郡誌、栗東の文化より抜粋]

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