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滋賀県竜王町苗村神社
Namurajinja,Ryuo town,Shiga 
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蒲生郡竜王町綾戸467 苗村神社境内社十禅師神社本殿 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 一間社流造、檜皮葺 19710622
蒲生郡竜王町綾戸467 苗村神社境内社八幡神社本殿 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 一間社流造、檜皮葺 19040218
蒲生郡竜王町綾戸467 苗村神社神輿庫 重文 近世以前/神社 室町後期 天文5(1536) 桁行四間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺 19710622
蒲生郡竜王町綾戸467 苗村神社西本殿 重文 近世以前/神社 鎌倉後期 徳治3(1308) 三間社流造、向拝一間、檜皮葺 厨子1基、棟札1枚 19020417 19550202
蒲生郡竜王町綾戸467 苗村神社東本殿 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 一間社流造、檜皮葺 19240415
蒲生郡竜王町綾戸467 苗村神社楼門 重文 近世以前/神社 室町後期 大永(1522) 三間一戸楼門、入母屋造、茅葺 古材2点 19040218

October 11,2015 大野木康夫  source movie

楼門

                             

神輿庫

              

西社地社殿

             

西本殿

               

十禅師社本殿

         

八幡社本殿

          

東本殿

                                             



Oct.2014 中山辰夫

苗村神社 式年大祭 

湖国の三大祭(長浜曳山祭・日吉山王祭・大津曳山祭)の一つ大津曳山祭と米原祭が毎年10月12日前後の同じ日に催されます。
今年は苗村神社の式年大祭も同じ日に開催されました。台風19号の接近で危ぶまれましたが、無事終わったようです。どこへ行こうかと迷いましたが、もう二度と見られない苗村神社を選びました。 苗村神社は『延喜式』記名帳に名を連ねる古社で、国宝の西本殿をはじめ、国指定の重要文化財建造物が多数境内に並び建っています。
日常の社殿は、重厚・毅然・端然とした雰囲気の中に有ります。西・東本殿裏の神域は今でも広いですが、往古は今の数倍の広さだったようです。
     
33年に一度行われる式年大祭の日の社殿はいつもとは違って華やいで、身近に感じられました。
     
苗村神社の氏子圏は一般に33郷とか30余郷といわれ、一部を除く現・竜王町の全域と現・東近江市蒲生町西部及び現・近江八幡市南東部の一部に広がっています。
五穀豊穣を願う大祭は、1599(慶長4)年まではこのうちの9村で行われていましたが、同年より氏子33カ村に因み33年に1度の大祭に改められたようです。
但し毎年の祭は春・節句・夏に9カ村によって行われます。
今年は前回の1982(昭和57)年から数え年で33年目に当たり、10月11日〜13日までの3日間大祭が行われました。
  式年大祭の初日の11日は、神輿渡御の他、古式にのっとった武者行列や山車が繰り出され、太鼓踊り、鎌踊りが奉納されました。
        

12日は雪野山古墳で有名な雪野山麓にある御旅所までの御渡行列が行事のスタートです。
通行止めにした県道・町道約2qの間を長い行列が進みます。
行列は30余郷の氏神御榊を先頭に、神輿三社、長刀振り子、山車、踊り・・等が・蜿蜒と続きます。
約1000人の列と聞いて、まさかと思っていましたが正にその通りの行列でした。
           

行列で目を惹いたのは、参加している子供さんの多い事です。軽く数百名は越えています。色とりどりの衣装やかつらに身を包み、太鼓や鉦を打ち鳴らし舞を奉納します。次回の大祭では牽引者になる子たちです。
               

3回目という年輩の方のお話では、一回目の年は男も女も幼少の頃で、行列に参加したが殆ど覚えがない。二回目は、男は祭の準備に参加、女は客人の接待で在宅。三回目の今回、はじめてゆっくりした気分で氏子の熱気あふれる行列が見られたとのこと。
子ども時代の記憶・経験が伝統行事を守る礎になっているようです。一戸毎最低一人の参加と心遣いの寄付が大祭を成り立たせていることを骨の髄からわかっているようです。 この子たちも次の二回目、三回目の大祭に協力するのでしょう。…そして再々受け継がれて行くことで式年祭はいつまでも続いてゆくのでしょう。
  
大祭についての情報を何一つ持ち合わせておりませんでした。調べが進めばまとめて投稿致します。



Sep.2012 大野木康夫 source movie

2012.9.2撮影  東本殿(重要文化財)                 鳥居    楼門(重要文化財)                      西境内    神輿庫(重要文化財)        西本殿と十禅師社本殿        西本殿(国宝)             境内社十禅師社本殿(重要文化財)           西本殿と八幡社本殿        境内社八幡社本殿(重要文化財)                   
Dec.2011 瀧山幸伸 source movie

A camera
                                             
                   


東本殿
               

B camera
                                         

東本殿
                    

Nov. 2011 大野木康夫 source movie Feb.2011撮影  苗村神社は竜王町の中心部、町役場や小学校がある綾戸地区にあります。
名神高速道路竜王インターチェンジからは車で約10分です。   道路を挟んで東側の森に東本殿があります。 東本殿(重要文化財) 室町時代中期の建築
一間社流造、檜皮葺 森の中にある朱塗りの社殿です。              道路の東側に大きな楼門が見えます。
駐車場やゲートボール場が整備されています。 楼門(重要文化財) 大永2(1522)年の建築
三間一戸楼門、入母屋造、茅葺 非常に目立つ大きな建物です。                楼門をくぐると、社殿が建ち並んでいます。     神輿庫(重要文化財) 天文5(1536)年の建築
桁行四間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺 西側の社殿は、すべて彩色なしで建てられています。        西本殿(国宝) 徳治3(1308)年の建築
三間社流造、向拝一間、檜皮葺 新築の幣殿の背後にあり、撮影しにくい建物です。
小ぶりですが美しい姿をしています。             境内社十禅師社本殿(重要文化財) 室町時代中期の建築
一間社流造、檜皮葺 西本殿の向かって右側の社殿です。
装飾が少ないのが特徴です。       境内社八幡社本殿(重要文化財) 室町時代中期の建築
一間社流造、檜皮葺 西本殿の向かって左側の社殿です。
十禅師社に比べると、蟇股などの装飾が施され、少し華美な感じです。            何回か訪れましたが、国宝の本殿よりも、大きな茅葺屋根の楼門の印象が強いです。


May .2010 撮影/文:中山辰夫
蒲生郡竜王町綾戸467 主祭神:那牟羅彦神・那牟羅姫神・国挟槌尊 例祭:4月20日 名神高速竜王インター近くの竜王町綾戸に所在する。
県道綾戸交差点近くのこんもりと盛り上がった森の中に建つ。
神社は近年、県道で二分された。近江八幡に向かって右側が西本殿、左側が東本殿である。          
右側の参道を進むと石造の太鼓橋があって、渡ると広い幅の馬場でその前が荘厳さ漂う楼門である。
楼門をくぐると境内。向かいに真新しい拝殿があって、右側には西本殿・境内社の八幡社本殿・十禅師神社本殿などが建ち並ぶ。
拝殿・幣殿の修復工事が終了し、4月20日の例大祭で披露される。
社殿のほとんどが国宝・国重要文化財である。
拝殿・本殿以外の主な建物:楼門・神輿庫・儀式殿・幣殿・神饌所・中門・手水舎・社務所・参集所・収納庫・不動堂・境内社:9社                    楼門から真っ直ぐ県道を横切って、松林に囲まれた参道を進むと奥に東本殿がポツンと建っている。
国宝の東本殿は深い鎮守の森の中にあって、この一帯は東苗村古墳群の地で、現在8基の円墳が確認されている。      苗村神社の創祀の年代は明らかでないが、延喜式神名帳に名を残す長寸神社(なむら)は当社とされる。
寛仁元年(1017)、朝廷に門松用の松苗を献上した所、後一条天皇より苗村の称号を賜り改称したと伝える。
皇室との関係も深いとされる。
この苗村神社は近郊33カ村の産土神(うぶすながみ)として尊敬され栄えてきた。 大祭は33年毎に斉行される。
往古は毎年秋に氏子33カ村列座の大祭が行なわれていたが、慶長4年(1599)これを改め、33カ村にちなんで33年に一度の式年大祭と決まった。
大祭は3日間、渡御・甲冑武士行列・大太鼓踊り・鎌踊り・山車などの奉納があって、天下泰平・五穀豊穣を祈念する。    楼門
国重要文化財:建造物:指定1904 02・18 1552年 建立
三間一戸楼門・入母屋造・かや葺・附 古材 2点 葭葺の雄大な楼門である。巻斗敷面に大永2年(1552)の建立墨書が残る。
下段中央間には扉を設けず、すべて柱間を開放している。
上段は楼門の型通りの柱間装置を備え、腰組には高欄を巡らす。 蟇股や木鼻には時代の特徴があらわれる。浄厳寺(安土)や日吉大社東本宮・油日神社(甲賀)などの楼門の蟇股や木鼻に非常によく似ておりこ建立時期が近い。             神輿庫
国重要文化財;建造物:指定 1971 06 22:1536年 建立
桁行四間、梁間二間、一重、切妻造、桧皮葺 西本殿近くにあって正面を西に向けている。
室町時代末期のもの。天文5年(1536)に勅使の仮殿として建てられた。その後神輿庫に利用された。
面とり角柱に板壁、軒は一重垂木(まばらたるき)、切妻造の質素な住宅風であるのも仮殿であった遺構を示している。
庫内には毎年4月20日に行なわれる苗村まつりに担がれる神輿3基が置かれている。
また、33カ年に一度の秋季大祭(10月12〜14日)にも担がれる。      拝殿
間口三間二尺、奥行三間二尺、入母屋造 修復直後でため眩しい感じである。      中門       幣殿
修復直後である。中門越ししか見えない。      西本殿
国宝:建造物:指定 1902 04 17 1308年建立
三間社流造、向拝一間、檜皮葺、 附 厨子 一基 棟札が現存し、鎌倉末期の建築である。正面に見事な蟇股を備えている。
三間社流造の庇部分に前室をつけ、更に一間の向拝を付ける。
この形式は滋賀県の中世本殿に類例が多いようだ。
その中でもこの本殿が最も古く、全体の形態、意匠に優れていることで代表的な本殿とされる。              八幡社本殿
国重要文化財:建造物 指定;1904 02 18 1466年 建立
一間社流造、檜皮葺 西本殿に向かって左手にある。室町時代中期の建立。
小型の一間社であるが組物出三斗に蟇股を入れた華やかな建物である。
正面柱間に装置をつけず、それより30cm奥に内外陣境の板扉をつけるなど、特異な手法を用いている。          十禅師神社本殿
国重要文化財:建造物:指定1971 06 22 1466年建立 八幡社本殿とは逆の西本殿の東脇にあって、さらに小規模な一間社である。室町時代後期の建立である。
身舎は船肘木、向拝は連三斗と簡素で一間社に類例の多い本殿である。          不動堂
境内の南の隅に建つ。堂内の中央に護摩堂が置かれ、正面厨子の中に不動明王像(国重文)が安置されている。     不動明王像
国指定重要文化財
像高:96cm、一木彫、鎌倉期作で彩色が施されている。
太い眉・眉間のシワ・左右の牙をむき出し、肉身は古色を帯びた仏像である。      東本殿
国重要文化財:建造物・指定 1924 04 15 建立年 不詳 飛地の東境内にある。この建物一棟のみ所在する。室町時代後期頃に建てられたとされる。
一間社としては背の高い大型本殿である。簡素な建物だが、それぞれの蟇股内の彫刻は優れたものが多い。
正面には4枚の吹き寄せ格子戸を建て、少し入ったところに内外陣境をつくり幣軸付き板塀を建てる。
東側面にも同じような扉口のつく格子戸を内陣への出入口としているのは珍しい。
腰が高い。規模は小さいが、いかにも古建築らしい簡素な美しさを見せている。              鎮守の森
かなりの広さで、奥深い。古くから開発された地域と教える古墳が残されている。            境内にある石燈籠  
参考資料《苗村神社工事報告書、近江蒲生郡志、総覧日本の建築、その他》




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