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滋賀県野洲市 矢放神社

Yahanachijinja, Yasu city,Shiga

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June.30.2014 中山辰夫

野洲市吉川1257

祭神:天少彦名命

「兵主十八郷」と呼ばれる兵主神社の末社二十二社の一つである。神池に浮かぶ島に毎年塗重ねられる泥。水と、稲作の豊穣を祈る造形がある。

社歴

社歴は不明であるが、残る記録を羅列する。

神代の昔、祭神:天少彦名命は、比葦原国の大己高貴命に従順し荒振邪神を神やらいに矢い給い平らげ給う故に矢放神社と申也。此の故に当社は誠に国家経営の御神として皇家武門の御崇敬既に重し、分けて百発百中を掌にして芸は養由の奇を欺き術は孫子の策を願いしと、世々此の道を嗜む輩、当社に願いて

是を祈るに其の精巧を得ずと言う事なし。其の奉賽する処の弓弦矢鏑、今猶宮中に存す。

717(養老元)年、藤原不比等三上神社御造営の余材をもって矢放神社の宝殿を造らしめ給う。

1166(永暦元)年、源頼朝伊豆に流され給うこととなり、近江路へ下り給う時三上神社と矢放神社の霊験を写し給ひ御心中に御帰洛の御祈誓立てられて通り給うとなり。後頼朝公天下を治め給うや1190(建久元)年、三上神社へ三條小鐵、宗近が打ちたる御太刀並満界曼荼羅を漁奉納なされ給い、矢放神社へは御太刀及御装束等を奉納なされ、上は横田より下は吉川庄まで御寄進賜れりと云々。加えて別に烏帽子、青銅一貫末百文、米三石六斗の下文あり、・・・・

「引用:中主町史」

鳥居

4月例祭では必ず競べ馬の行事があった。この参道を使ったのであろうか。

   

拝殿周辺

    

幣殿〜本殿周辺

          

塗り壁

『近江の祭礼』には、祭礼日は「春の農作業に入る前の吉日」で、概要は「境内の神池の中に神籠木を十二本植えた神山を祀っている。一月十日には「十日舞」という神事を行い「勧請吊り」をする。春の苗代準備にとりかかる前の吉日を選び、氏子総出で神山の清掃を行い、神池の底をすくった泥を塗り付けて形を整える。これが済むと氏子の人々は農事に励むと意気込んで、苗代の準備にかかるという。古来から田の神を迎える神迎えの神事として現在にまで残っている。」とある。

         

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