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静岡県熱海市 大湯

Ohyu,Atami City,Shizuoka

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Feb.12,2026 柚原君子

大湯間歇泉(大湯)跡
所在地;静岡県熱海市上宿町3

熱海市指定有形文化財

大湯間歇泉(大湯)は湯前神社の斜め前にある。

米国のイエローストーン公園内オールドフェイスフル、アイスランドのグレートガイザーと共に世界の三大間歇泉のひとつに数えられた自噴泉。一定のリズムで規則正しく多量の熱湯を吹き上げ、湯と蒸気を交互に激しい勢いで吹き出し、地面が揺れるようであった、という。だが、明治中頃から次第に減少し1923(大正12)年の関東大震災後には止まってしまった。

1977(昭和52)年、熱海市の文化財として人工的に噴出する間欠泉に再整備。現在は午前8時〜午後7時の間、およそ5分ごとに3分間、湯を噴出させて往年の大湯の姿を再現している。熱海は江戸時代から徳川幕府の寵愛厚く、現在の熱海市役所のあった場所に「湯治用」の御殿も建てるほどで、温泉湯も江戸城に運ばせている。特に第8代将軍徳川吉宗は8年間で3,643個の湯桶を江戸城に運ばせて愛用した。現在は、故事にちなみ、湯前神社の秋季例大祭初日に「湯汲み道中パレード」が行われている。

近年の明治時代になっても政治家や政府高官が会談や保養に訪れたために、東京との連絡便宜の為に、1889(明治22)年、東京~熱海間で日本最初の市外電話が敷かれている。そのことの記念に白い電話ボックスが間欠泉の左に置かれている。

また、 幕末の英仏公使である初代駐日イギリス公使ラザフォード・オールコックが、外国人初の富士山登頂の帰りに熱海(大湯)に立ち寄ったが、スコティッシュ・テリアの愛犬トビーが大湯間歇泉で火傷を負い死んでしまう出来事があり、村人が手厚く葬った。
この出来事は本人の著作である『大君の都』内でも触れられており、熱海来訪の記念と愛犬トビー供養のために、大湯間歇泉の北脇にはオールコックの記念レリーフとトビーの墓が設置されている。

湯前神社参拝の前に通りかかった時も、激しく直立に湯を噴き上げていて、見事な勢いであった。
概ね5分ごとに3分間の噴出なので、湯の勢いが止まれば岩や電話ボックス、記念リリーフに近寄ることができる。

              


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