JAPAN GEOGRAPHIC

静岡県静岡市 蒲原

Shizuoka Kanbara


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Apr.2009 撮影 高橋久美子

蒲原 御殿山

Kanbara Gotenyama

旧東海道蒲原宿にある御殿山は、桜の名所となっています。

御殿山とは、徳川家康の蒲原御殿(現存せず)があった背後の山をいいます。

蒲原御殿の由緒は以下のとおりです。(HP駿河歩人より抜粋) 天正3年〔1575〕の長篠の戦に勝利した家康は、その余勢をかって織田信長の支援を得て天正10年、武田勝頼を滅ぼした。

家康は武田家領地を支配することを信長から許されると、お礼の気持ちを表すため蒲原宿に立派な御殿を造営し信長を接待した。それは今から420年前の事だった。

完成した御殿に招待された信長は、富士川を越えて蒲原に至る途中の浮島ヶ原〔沼津〕と愛鷹山の景色を楽しみ新設された蒲原御殿に到着した。

その時の応接振りは、前例が無かったほど豪華であったという。

この時に織田信長は、蒲原地域がどういう所か興味を持ち、地域の歴史に詳しい人物を呼び寄せていろいろ蒲原の故事伝説を語らせ興味深く耳を傾けたという。

蒲原御殿はその後の慶長17年〔1612〕3月16日、二代将軍秀忠もこの御殿に宿泊した。

ところが元禄12年〔1699〕地震と津波、それに富士川の大洪水で蒲原宿が流出した。御殿があった場所は、現在の若宮神社周辺という。この日はやっと五分咲き。満開になると、山全体が桜で覆われるそうです。

山道を登っていくと眼前に駿河湾が広がり良い眺めです。                                             


蒲原宿

Kanbarashuku

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Dec.2008 撮影 高橋久美子

    

旧松隣閣(現・青山荘)

大正15年(1926)建築。

明治の宮内大臣・田中光顕は明治42年に富士川町・岩淵に古けい荘を建てたが、居住に適さず、隣町となる蒲原に、この一連の建物を建て、97歳で死去するまで20年間暮らした。

洋風建築の宝珠荘は、応接室として使用され、会議なども行われた。近代和風の建物が松隣閣で、こちらが先に建てられたとのこと。

蔵は鉄筋コンクリート造。 現在は企業の管理となり、「青山荘」の名は田中氏の号にちなんでいるそうです。

     

   

増田家

   

      

志田家

      

五十嵐医院

                                                           

    

旧楳田医院

        

磯辺家

   

  

本陣跡

         

 

和泉屋

     

   

吉田家

  

佐藤家

        

    

渡辺家土蔵

    

東木戸

    

   


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