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静岡県河津町 称念寺

Shonenji,Kawazu Town,Shizuoka

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Feb.13,2026 柚原君子

宝林山称念寺
所在地;静岡県賀茂郡河津町浜334-1
本尊 ;阿弥陀如来
宗派 ;浄土宗・河津三郎の位碑を有する
創建 ;鎌倉時代の安元3年に河津三郎祐泰により自身の館「谷津館」の中に称念庵を創立 ;持仏である「阿弥陀如来」を祀ったことが始まりで、寺としては宝治元年に僧澄道と心蓮社誠譽上人によって開かれたそうです。

境内にある河津教育委員会掲示板(原文)

『称念寺は、安元三年(1175)河津三郎祐泰が谷津館の内に称念庵を創立、守り本尊の阿弥陀如来を安置したのがはじまりといわれれている。永禄四年(1562)山崩れにあい、現在地に移った。本尊阿弥陀如来には「春日正作縁起」という縁起が伝えられている。聖武天皇の頃(724~745)、春日の里荷稽文会という当代随一の名工と言われた仏師がいた。文会は唐の国に渡りさらに技を磨き、唐の帝に重く用いられるようになった。幾春秋を経て、文会は望郷の念に駆られ、帰国を願い出たが、帝は才能を惜しみ許さなかった。そこで文会は春日明神に祈り、鶴を彫って上に乗ると、鶴は文会を乗せて飛び上がった。帝は驚き、これを追わせ、弓で射させた。矢は鶴の右翼にささったが、矢をつけたまま九州博多に無事舞い降りたという。その後、文会は諸国を回歴し、豆州に来て一刀三礼して(一刀入れるごとに三度礼拝すること)阿弥陀如来を彫った。その像は一本の白羽の矢を蔵していたという。河津三郎はこれを得てたいそう喜び、守本尊として大切にまつったと伝えられる、。現在この像は、秘仏として大切にまつられている。』

駅からは歩いて20分くらいのところにある。海側から入ったので、道に少し迷い通りかかった住民の方に寺の在りかをお聞きしたが、うーんあそこかな?という程度。寺を訪れたが参拝者はなかった。

入り口の六地蔵にお辞儀をして、崩れそうな簡単な山門をくぐる。本堂前にかぶさるような、あふれるような満開の桜の木が数本。本堂とも灯篭とも絵になる。

御朱印を頂くために本堂に上がらせていただく。寺務所の方はすごく親切で、説明を長くしてくださった。ご本尊様の前には天女の金色の幕。
河津三郎に縁の寺なので相撲の歴史ものも展示されている。

古い番付表は木枠の中におさめられて欄間の横に掛けられていたが、写真はぶれてモノにならず残念である。
横綱のいない大関が一番上という当時はそうであった証拠が残っている。写真不出来はますます残念。

本堂脇にはそのほかに河津三郎の位牌。河津三郎の750年追善供養の時に行われた「東京大角力」割引券、大正12年のものが掲示されている。

丁寧なたくさんの説明に辞して外に。

寺の外の道、左側に石碑群。めずらしい「馬力神」があった。馬力神は神話にある神様ではなく、民間信仰によるもので江戸末期から昭和初期までの風習で愛馬の冥福を祈る石碑のことである。
牛馬が農耕に欠かせなかった時代の遺物でもある。
いただいた御朱印は軍配のスタンプが押されていた。

                                                                 

 

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