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静岡県静岡市 神部浅間神社

Kanbe sengenjinja,Shizuoka City,Shizuoka

 
 

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June 20,2015 野崎順次

静岡県静岡市葵区
静岡浅間神社
(Shizuoka-Sengenjinja Shrines, Aoi-ku, Shizuoka City, Shizuoka Pref.)

神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)と申し上げる。

神部神社は第十代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、平安時代には駿河国総社となる。『国内神名帳』には美和明神と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、この地方最古の神社である。

浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受ける。

大歳御祖神社は応神天皇4年(273)今から1700年ほど前に、古代この地方の物流の拠点、商業の中心地であった「安倍の市」の守護神として創祀され、延喜式内社であり、『国内神名帳』に正二位奈古屋明神と記され、静岡市の地主神である。

三社とも朝廷をはじめ国司・武将等の崇敬すこぶる篤く、駿河国総社・静岡の総氏神さま、駿河の大社として広く信仰されている。

御本社神部神社・浅間神社・大歳御祖神社のほかに境内には、麓山神社・八千戈神社・少彦名神社・玉鉾神社の四境内社が鎮座している。

(静岡浅間神社ウェブサイト「御由緒」より)

現地説明板と石鳥居

    

国重文 神部神社浅間神社 総門 江戸後期 文化十四年(1817)
三間一戸八脚門、切妻造、本瓦形銅板葺

     

総門回り

     

国重文 神部神社浅間神社 神厩舎 江戸末期 万延元年 (1861)
桁行三間、梁間三間、一重、切妻造、桟瓦葺

         

国重文 神部神社浅間神社 楼門 江戸後期 文化十三年(1816)
三間一戸楼門、入母屋造、本瓦形銅板葺、南北各三間透塀附属

                                                  

国重文 神部神社浅間神社 南回廊 江戸後期 文化十年(1813)
折曲り延長二十八間、梁間二間、一重、入母屋造、西端西の間に接続、北端切妻造、神饌所及び西の間 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦形銅板葺

        

国重文 神部神社浅間神社 北回廊 江戸後期 文化十年(1813)
折曲り延長二十九間、梁間二間、一重、入母屋造、西端直会所に接続、南端切妻造、神符調整所及び直会所 桁行七間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦形銅板葺

      

国重文 神部神社浅間神社 舞殿 江戸後期 文政三年(1820)
桁行二間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦形銅板葺

                                  

国重文 神部神社浅間神社 拝殿 江戸後期 文化七年(1810)
桁行七間、梁間四間、二重、入母屋造、本瓦形銅板葺

                                                     

神部神社浅間神社の本殿関連重要文化財は次の通りであるが、両横から少し見えるだけである。

国重文 神部神社浅間神社 本殿 江戸後期 文化十年(1813)
七間社流造、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 南中門 江戸後期 文化十年(1813)
一間一戸向唐門、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 北中門 江戸後期 文化十年(1813)
一間一戸向唐門、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 南透塀 江戸後期 文化十年(1813)
折曲り延長十五間、棟門、潜門各一所を含む、瓦棒銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 中透塀 江戸後期 文化十年(1813)
折曲り延長七間、瓦棒銅板葺

国重文神部神社浅間神社 北透塀 江戸後期 文化十年(1813)
折曲り延長十五間、棟門、潜門各一所を含む、瓦棒銅板葺

           

国重文 神部神社浅間神社 少彦名神社本殿 江戸末期 嘉永三年(1850)

                            

玉鉾神社

    

国重文 神部神社浅間神社 宝庫 江戸末期 嘉永七年(1854)
桁行三間、梁間二間、一重、寄棟造、桟瓦葺

 

国重文 神部神社浅間神社 八千戈神社本殿 江戸末期 天保九年(1836)
桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝三間、軒唐破風付、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 八千戈神社中門 江戸末期 天保九年(1836)
一間一戸平唐門、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 八千戈神社南透塀 江戸末期 天保九年(1836)
折曲り延長十間、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 八千戈神社北透塀 江戸末期 天保九年(1836)
折曲り延長十間、本瓦形銅板葺

                                   

麓山神社と賤機山古墳へは百段階段(実際は106段とのこと)を登る。

    

国重文 神部神社浅間神社 麓山神社拝殿 江戸後期 文政七年(1824)
桁行五間、梁間四間、一重、入母屋造、本瓦形銅板葺

             

国重文 神部神社浅間神社 麓山神社本殿 江戸後期 文政五年(1822)
三間社流造、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 麓山神社中門 江戸後期 文政五年(1822)
一間一戸平唐門、本瓦形銅板葺

国重文 神部神社浅間神社 麓山神社透塀 江戸後期 文政五年(1822)
一周延長三十間、本瓦葺、潜門一所を含む

                        

国史跡 賤機山古墳 
昭和24年に、後藤守一・斎藤忠両博士により初めて考古学的調査が行われました。その結果、古墳の形は直径約32m、高さ約7mと推定される円墳で、内部には巨石を積み上げて造られた巨大な横穴式石室があり、石室内には大型の刳抜式家形石棺が置かれていることが明らかになりました。
 石棺内は既に盗掘により荒らされ、人骨や副葬品はほとんど残っていませんでしたが、石棺のまわりからは土器や武器、武具、馬具など質・量ともに豊富な副葬品が出土しました。遺物の検討などから、古墳は6世紀代の当地方の最有力豪族の墓であると考えられています。
 (静岡市ウェブサイトより)

               

国重文 大歳御祖神社本殿、中門、透塀は改修中

  


Dec.2013 瀧山幸伸 source movie

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

 

                                                                    


Feb.2008 瀧山幸伸

                                                    


Mar.2005 瀧山幸伸 source movie


                                     

 

 

 


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