「墨田区の看板」
我が家の飼い猫は何事にも興味大で、客人があると、引き戸を自分の前足で少し開けて、茶の間にいる私たちをそっとのぞき見る。猫の耳と目と髭の顔半分だけ が茶の間のこちらから見えている。誰かが言う「家政婦は見た!みたいね」。一同大笑い。猫はその笑い声にびっくりして逃げていく。(笑)。
のぞき見=家政婦は見た、が同意語となっているのは、「家政婦は見た」というドラマからである。第一作目は1983年。翌年にはシリーズでも最高 の視聴率30パーセントをたたきだしている。2008年までヒットし続けたドラマで、主演は市原悦子。原作は意外と知られていないが松本清張の小説『熱い 空気』である。
市原悦子演ずる家政婦『石崎秋子』は、上流家庭に派遣されて上流階級の持つ特権、財力を悪用した悪事を暴いていく。世の中のいろいろなものが公平 になって誰もが平均的に幸せを感受できる様に世ならしする家政婦、まるで水戸黄門様みたいな家政婦、とドラマを観て思った記憶がある。
ところで家政婦という呼び名は近年のもので、家事全般をお手伝いする女性ということでお城に上がった奥女中など、良家の子女が結婚前の礼儀作法の 見習いと称してお城ばかりではなく商家、豪農などに上がる歴史があった。上女中と炊事周りだけをする下女中とは完全に区別されていたようで、上女中の嫁ぎ 先も武家や豪農だったそうである。
明治以降中流家庭が増えて雇われ方に上下がなくなり、一般的に女中と呼はれるようになった。さらに戦後は女子の就学率向上で明確な雇用関係の『家 政婦さん』や『お手伝いさん』が登場することになる。また子供連れの未亡人が住み込みで家政婦さんになっていた、という例も私の子どもの頃のちょっとお大 尽の家にはまだまだあった。が、現在では<家事代行><ヘルパーさん><ハウスキーパーさん>など、お手伝いとは言っても単発仕事をする人のほうが多く なっている。
子どもを四人も生んで少子化対策に貢献した友人が、昨年暮の大掃除に手が回らなくなり、自分へのクリスマスプレゼントにお掃除代行を頼んだ。レン ジもシンクも換気扇も網戸も蛍光灯も、とにかくピッカピッカに輝き、どこかのモデルルームで家事しているみたい!と喜んでいた。3万円は惜しくなかった、 と友人は言う。
市原悦子演ずる家政婦が所属していたのは「大沢家政婦紹介所」である。
写真は『ひかり紹介所』。墨田区でみつけた。看板を撮らせていただくときにちょうど窓が開いていたので、一枚撮らせて頂いてよろしいですか?と声をかけたら、かなり年配のふくよかなご婦人が「どうぞ」とおっしゃってくださった。
「このような看板も少なくなりましたね」と会話を続けると「開店休業ですよ。介護法とかでいろいろな事務所も多くなったでしよ。私ももう年だし。昔はね、この応接間にいつも5,6人の家政婦さんがいたのよ」。
ド、ドラマのとおりだ!
お話してくださったこの家のふくよかな主に、市原悦子が重なってしょうがなかった。
All rights reserved 無断転用禁止 登録ユーザ募集中