Japan Geographic

看板考 柚原君子


「ドイツの看板」

五年前にドイツ.スイス.フランスのツアーに参加した時、 ドイツでの看板があまりにも綺麗だったので撮りました。

ホテルとかステーキやさんとかはなんとなく解りましたが、ドイツ語に堪能ではなく(笑)、 夢のある綺麗な看板、とただただ見上げて感動してきました。

欧州共通通貨はユーロですが、スイスそれに入ってなくてフランです。

そのために起こった旅の「アッ!」の顛末をエッセイにしました。

看板と共に旅のアタフタをご高覧いただけたらうれしいです。

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「アッ!」(ドイツ旅行)

トイレ掃除良し! 台所掃除良し! 冷蔵庫にたっぷりの買い置き良し! 遺言良し! いろいろな指差し確認を終えて、友人のレンコンちゃんと私は、10月28日午後フランクフルト行きJAL416便57番AB席に無事におさまった。「助け合って行こうね」「ウン、助け合って行こ行こ」と言い合った。ワイン好きのレンコンちゃんは、飛行機の中では『空飛ぶ和民』となれるのに、立て続けにワインをもらう勇気がない。私は勇気はあるがお酒は飲めない。何を飲みますか?との機内サービスに「ワイン!ワイン!」と二人で輪唱して、まずは助け合った。

13時に成田を発った飛行機は、シベリアの雪の山々をはるか下に見て、雲海の上に広がる群青の空の中、11時間半も飛び続けた。そして8時間逆戻りした勘定で同日夕方16時半にドイツのフランクフルト空港に着いた。長い一日、やっと夜の帳である。

{暗い}、{静か}{人が大きい}がドイツの第一印象。フランクフルトの空港は照明が暗く、昔の上野駅の薄暗い構内のようであった。空港からホテルに向かう高速道路もライト一本設置されていない。まるで巨大な農道が突然目の前に現れてくる感覚。それでも車は不便なく走っているのだ。真っ暗の中を。こうと決められた道を。

ドイツの方は頑固。質実剛健だそうである。平日でも17時か18時頃に店はきちんと閉店されて、家路を急ぐそうである。町も整然としてとても清潔。食事も質素。主食にあたる馬鈴薯にはうるさいようで、すりつぶされたり、ゆでられたりしてメインのお皿に乗ってくる。りんごジャムをかけてデザートにまで出てくる。お陰で旅行中はオ×ラがよく出た。お米は一回だけ出たがひどいまずさであった。久々のお米だったのに、じーと見つめただけだった。

町の暗さ、照明に関しては、もともとドイツの方は目の質が弱いので、明るい照明は苦手とのこと。24時間営業のコンビニが煌々とライトをつけて営業をしている日本。日本人はきっと今に失明するとドイツの方はおっしゃるそうである。目の事はともかくとして、24時間営業が許されている日本は、あらゆる規制を自らの手でわざわざ崩しているような気がする。そうして文化も日本人気質も失っていくような気がする。そうして、日本人そのものがいつかどこかの誰かに混ざってゆき、かつて日本人という人種があった、ということになるのではないか。わずか二日しかいないドイツであったがそう感じた。

今回の旅行は欲張り旅行で、四つの国を訪れる。使用するお金はユーロとスイスフラン。手品ではないが、成田で日本円を仕舞い、ドイツでユーロを出して、スイスでユーロを仕舞ってフランを出す。フランスでフランを仕舞ってユーロを出す、ということになる。

連れのレンコンちゃんはA型生真面目、私はO型大雑把。私は財布ごと入れ替えるだけ。レンコンちゃんはその日ごとに家計簿をつける。持って出たお金と、出金明細と残金が合って初めてレンコンちゃんは眠れる。出金品目はそれほど無い。ランチの飲み物、お土産、バスの中で売っているエビアン水。そんなものである。ドイツの最後の夜はそれらに加えて、Coopと書かれた生協のスーパーマーケットに行った。レシートをくれなかったのでつけあわせがややっこしかったが、記憶を手繰り寄せて家計簿をつけるレンコンちゃん。その横で、ユーロとフランの入れ替えだけの私。夢中で計算しているれんこんちゃん。話しかけるのも悪いので、私もその横で一緒にやってみた。

レンコンちゃんが一日の行程を読み上げてくれる。そしてお互いに使ったお金を書き込んでいく。「ピッタリ合った!」とレンコンちゃん。「5ユーロ足りない」と私。人のお金とは言え、とても気になるA型親切レンコンちゃん。貸してごらんと私のメモを引き寄せて、再度一日の動きを追う。「色鉛筆を買ったときにどのユーロ紙幣を出したの?おつりは?レシートは?」とレンコンちゃん。「10ユーロ札か5ユーロ札か記憶にない。おつりをもらったかも覚えていない。レシートもない!」と私。呆れた表情のレンコンちゃん。

ほんとうは私のお財布を取り上げて中身を全部ベッドの上に出して一目瞭然にしたいレンコンちゃん。それができないので、私に根掘り葉掘り訊く。どう計算しても5ユーロ足りない。「もらい忘れか、勘違いか故意かはわからないけれども、合わない原因はお釣りだわ。5ユーロあったらスーパーでチョコが二つは買えたのに」。肩を落とす私に、レンコンちゃんの独り言がかぶさる。

その夜は、眠れなかった。レンコンちゃんは、反芻してみても解決がつかないことに落ち着かず、私はユーロを出した場面とおつりの場面を何とか思い出そうとして。旅の間で一番宵っ張りをした夜だった。

翌日、スイスのユングフラウヨッホに登山電車で行った。今日使えるのはスイスフランである。スイスフランの入ったお財布を持ってお土産を買った。最後はDFS(免税店)。ここでスイスフランをきっちり使わないと明日からはまたユーロの国になる。

レンコンちゃんは昨日のこともあるので、私の支払いにチラチラと視線を投げかけている。最後にチョコレートを買うかどうかで二人で迷った。レンコンちゃんが私の財布をのぞいてくれた。「まだ5フランあるし」と私は折りたたんだ紙幣を広げた。二人して同時に「アッ!」と言った。一度で足りずに「アッアァ〜!!」と素っ頓狂に輪唱した。そしてそのうえに抱き合うようにして笑い転げた。アッアッタ!ここにあった。最後の5フラン、と私が静かに広げた札は5ユーロ札であった。

JALの飛行機の洗面所で使い終えたJALマークの歯磨きセットを、後生大事に持ってドイツに降り立ったのはレンコンちゃん。私は使ったものは捨てて、新しい物をポケットに入れていた。ここではレンコンちゃんが、アッ!その手があったか、と言った。ドイツのトイレの大きな便器に、危うくお尻から落ちそうになってアッ!と言った。

人生の深刻な「アッ!」にはお目にかかりたくないが、旅のアッ!

は時を経た後でも鮮やかにして面白い。

 

 


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